「風天小畜(ふうてんしょうちく)」– 小さな積み重ねが、やがて恵みの雨を呼ぶ

1. 卦象(かしょう): ䷈
2. 名称(めいしょう): 風天小畜(ふうてんしょうちく)
3.【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):巽(そん) – 風、木、入る、従順、長女 *
下卦(かか):乾(けん) – 天、創造、剛健、父性、龍 *
全体のイメージ: 力強く天に昇ろうとする龍(乾のエネルギー)の上を、柔順な風(巽)が吹き渡り、その勢いを一時的に押し留めている。この「風天小畜」の姿は、大きな力や計画が、何らかの小さな障害や制約によって、すぐには思うように進展しない状況を象徴しています。「小畜」とは、「小さいものが大きいものを留める」「少しだけ蓄える」という意味です。 空には厚い雲が垂れ込めているけれど、まだ雨は降ってこない。そんな、何かが起こりそうで起こらない、少しもどかしいけれど、希望も内包している「溜め」の時を表しています。この時期は、大きな行動を起こすのではなく、内面を充実させ、徳を養い、小さな努力を積み重ねることが大切になります。
1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):小畜。亨。密雲不雨、自我西郊。
書き下し文: 小畜(しょうちく)は亨(とお)る。密雲(みつうん)雨(あめ)ふらず、我(わ)が西郊(せいきょう)よりす。
現代語訳: 小畜の時は、願いは通る。しかし、厚い雲が空を覆っているが、まだ雨は降ってこない。それは我が西の郊外から次第に近づいてきている(もう少しで雨が降るだろう)。
ポイント解説:
「小畜」は、大きな進展が一時的に留められている状態ですが、卦辞は「亨る(通る)」と、最終的な成功の可能性を示しています。「密雲雨ふらず」とは、成功の条件や機運(密雲)は高まっているものの、まだ決定的な成果(雨)には至っていない状況の比喩です。「我が西郊よりす」という言葉は、西から雨雲がやってくるという当時の気象観測に基づき、恵みの雨(成功)が間近に迫っているが、まだ少し時間が必要であることを示唆しています。焦らず、希望を持って時を待つことの重要性を教えています。
2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初爻:
道(みち)に自(おのずか)ら復(かえ)る。何(なん)ぞ其(そ)の咎(とが)あらん。吉(きち)。
原文:復自道。何其咎。吉。
書き下し文:道(みち)に自(おのずか)ら復(かえ)る。何(なん)ぞ其(そ)の咎(とが)あらん。吉(きち)。
現代語訳:本来進むべき正しい道に、自ら立ち返る。どうして咎めがあろうか。吉である。
ポイント解説:
まだ「小畜」の初期段階で、大きな障害はありません。もし少し道を踏み外しそうになっても、すぐに本来の正しい道筋に自力で戻ることができる時です。自制心があり、本分をわきまえているため、何の問題もなく(咎なし)、結果として吉(吉)を得ます。自己修正能力の大切さを示しています。
二爻:
牽(ひ)かれて復(かえ)る。吉(きち)。
原文:牽復。吉。
書き下し文:牽(ひ)かれて復(かえ)る。吉(きち)。
現代語訳:周囲の人々に引き戻されるようにして、正しい道に立ち返る。吉である。
ポイント解説:
自分一人の力ではまだ道を踏み外しそうになるかもしれませんが、周囲の人々(初九や九三など、同じ陽の仲間)からの助けや忠告によって、正しい道へと引き戻される状況です。他者の善意を受け入れ、共に進むことで吉(吉)を得ます。素直に人の意見を聞き入れることの重要性を示しています。
三爻:
輿(くるま)輻(やがら)を説(と)く。夫妻(ふさい)反目(はんもく)す。**
原文:輿説輻。夫妻反目。
書き下し文:輿(よ)の輻(ふく)を説(と)く。夫妻(ふさい)反目(はんもく)す。
現代語訳:車の輻(や:車輪の心棒と外側の輪をつなぐスポーク)が外れてしまう。夫婦が互いに睨み合い、不和になる。
ポイント解説:
進もうとしても、内部の足並みがそろわず、物事がうまく進まない状況です。車で言えば、車輪の部品(輻)が外れて前に進めないように、チーム内の不和や意見の対立(夫妻反目)が原因で、計画が頓挫してしまうことを示唆しています。内部の調和を欠いたまま強引に進もうとすれば、必ず問題が生じます。まずは内輪の結束を固めることが先決です。
四爻:
孚(まこと)有(あ)り。血(ち)は去(さ)り惕(おそ)れは出(い)づ。咎(とが)なし。**
原文:有孚、血去惕出。无咎。
書き下し文:孚(まこと)有(あ)り。血(けつ)は去(さ)り惕(てき)は出(い)づ。咎(とが)なし。
現代語訳:誠実な心がある。そのため、傷つくような事態(血)は去り、恐れの気持ち(惕)も消え去る。咎めはない。
ポイント解説:
この卦で唯一の陰爻であり、柔順な徳と誠実さ(孚有り)をもって、下の強い陽の力(乾)をうまく抑え、導いている立場です。その誠実で賢明な対応によって、衝突や流血の事態(血は去り)を避け、不安や恐れ(惕れは出づ)も解消されます。柔よく剛を制す、という言葉があるように、力ずくではなく、誠意と賢明さをもって対応することの重要性を示しています。
五爻:
孚(まこと)有(あ)りて攣如(れんじょ)たり。其(そ)の鄰(となり)と富(とみ)を以(もっ)てす。**
原文:有孚攣如。富以其鄰。
書き下し文:孚(まこと)有(あ)りて攣如(れんじょ)たり。其(そ)の鄰(となり)と富(とみ)を以(もっ)てす。
現代語訳: 誠実な心があり、人々をしっかりと引きつけ結びつける。その富を隣人と分かち合う。
ポイント解説:
君主の位置にあり、誠実な心(孚有り)で人々を魅了し、強い絆(攣如)で結びつけています。そして、得られた富や恵みを独り占めせず、周囲の人々(鄰)と分かち合う(富を以てす)ことで、さらなる信頼と繁栄を築きます。リーダーとして、真心と分かち合いの精神がいかに大切であるかを示しています。
上爻:
既(すで)に雨(あめ)ふり既(すで)に処(お)る。徳(とく)を尚(たっと)びて載(つ)む。婦(ふ)は貞(てい)なれども厲(あやう)し。月(つき)望(もちづき)に幾(ちか)し。君子(くんし)征(ゆ)けば凶(きょう)。**
原文:既雨既處。尚德載。婦貞厲。月幾望、君子征凶。
書き下し文:既(すで)に雨(あめ)ふり既(すで)に処(お)る。德(とく)を尚(たっと)びて載(つ)む。婦(ふ)は貞(てい)なれども厲(あやう)し。月(つき)望(ぼう)に幾(ちか)し。君子(くんし)征(ゆ)けば凶(きょう)。
現代語訳:すでに恵みの雨が降り、物事は成就し落ち着いている。これまでの徳が積み重なった結果である。しかし、婦人が貞節を守りすぎるとかえって危ういように、現状に安住しすぎるのは危険だ。月は満月(完成)に近く、これ以上進もうとすれば(君子征けば)、かえって凶となる。
ポイント解説:
小畜」の時が終わり、ついに恵みの雨が降り、物事が成就し、安定した状態です。これは、これまでに積み重ねてきた徳(德を尚びて載む)の賜物です。しかし、この成就に安住し、これ以上を求めたり、変化を拒んだりすると、かえって状況は悪化します。「月望に幾し」とは、満月(完成)に近づき、これ以上満ちる余地がないことを示唆します。成功の後は、新たな活動を始めるのではなく、現状を維持し、感謝し、次のサイクルに備える慎重さが求められます。
3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文):象曰。風行天上、小畜。君子以懿文德。
書き下し文: 象(しょう)に曰(いわ)く、風(かぜ)天(てん)の上(うえ)を行(ゆ)くは小畜(しょうちく)なり。君子(くんし)以(もっ)て文德(ぶんとく)を懿(うるわ)しうす。
現代語訳: 象伝は言う。風が天の上を吹き渡っているのが小畜の形である。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、学問や芸術(文)の徳を磨き、その外見や行いを美しくする。
ポイント解説:
天(乾)の力強いエネルギーの上を、風(巽)が吹き渡り、雲を集めるが、まだ雨を降らせるまでには至らない。これが「小畜」の象徴です。君子は、このまだ大きな成果が現れない「溜め」の時期に、焦って行動するのではなく、「文德を懿しうす」、つまり、自分自身の内面的な徳性や教養、そしてそれを表現する外見や立ち居振る舞い(文)を、美しく磨き上げることに専念します。内面を充実させ、徳を積み重ねることで、やがて来るべき恵みの雨(成功)に備えるのです。
4. むすび
風天小畜の卦は、わたしたちが大きな目標や夢に向かう過程で、必ず訪れる「小さな停滞期」や「準備期間」を、いかに賢く、そして実り豊かに過ごすかという、大切な智慧を授けてくれます。
風天小畜の時は、大きな行動を控え、内面を充実させ、徳を積み、そして来るべき飛躍の時に備える、静かで力強い「溜め」の時期です。この時期を賢明に過ごすことで、わたしたちの心には「密雲」が「恵みの雨」へと変わり、人生はより豊かで実り多いもの変化していくことでしょう。
