【易経】第37卦「風火家人(ふうかかじん)」– 家庭に秩序と愛を育み、社会へと広がる輪
1. 卦象(かしょう): ䷤

2. 名称(めいしょう): 風火家人(ふうかかじん)
3. 【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):巽(そん) – 風、木、入る、従順、長女、整える
下卦(かか):離(り) – 火、麗(つく)、明知、太陽、文明、中女
全体のイメージ: 下にある火(離)が明るく家の中を照らし、その火の暖かさや光から、風(巽)が外へと吹き出ていく。この「風火家人」の姿は、家庭(家)の内部(火=内面、真心、愛情)がまず明るく整い、その良い影響(風)が自然と外部へと広がっていく様を象徴しています。「家人」とは、文字通り「家の人々」であり、家族や家庭、あるいは共同体における秩序と調和の重要性を示しています。 火は内を照らし、風は外に影響を与える。これは、家庭内の各人がそれぞれの役割を正しく果たし、真心と知性(火)をもって関わり合い、その結果として生まれた良い家風(風)が、社会全体にも良い影響を及ぼしていくという、理想的な家族のあり方、そしてそれが社会の基盤となることを描いています。
卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):家人。利女貞。
書き下し文:家人(かじん)は女(じょ)の貞(てい)に利(よろ)し。
現代語訳:家人(家庭のこと)においては、女性(特に主婦)が正しく道を守ることが大切であり、それによって家は良く治まる。
ポイント解説:
この卦辞は、家庭(家人)における秩序と調和の鍵として、「女の貞に利し」と、特に女性(伝統的には家を守る主婦の役割)がその本分を正しく守り、貞淑であることが重要であると説いています。これは、家庭内部の安定や、子どもたちの教育、家計の管理など、日々の生活を整え、家族の心を一つにする上で、女性の持つ柔順さ、勤勉さ、そして愛情深い真心がいかに大切であるかを示しています。もちろん、現代においては男女の役割は多様ですが、ここで言う「女の貞」とは、性別を超えて、家庭や共同体の「内なる調和」を育むための、誠実で献身的な役割の重要性と解釈できます。
爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初九(しょきゅう):
家(いえ)を有(たも)つに閑(かん)す。悔(くい)亡(ほろ)ぶ。
原文:閑有家。悔亡。
書き下し文:家(いえ)を有(たも)つに閑(かん)す。悔(くい)亡(ほろ)ぶ。
現代語訳:家庭を治めるにあたり、初めからしっかりと規律を設け、防ぎ止める。そうすれば後悔はなくなる。
ポイント解説:
家庭(家人)の秩序を築く最初の段階。まだ問題が起こらないうちに、しっかりと家のルールを定め(閑す)、家族の気持ちがバラバラにならないように防ぎ止めることが大切です。初めが肝心であり、最初に規律を正しておけば、将来起こりうる後悔(悔)を防ぐことができます。
六二(りくじ):
遂(と)ぐる攸(ところ)なし。中饋(ちゅうき)に在(あ)り。貞(てい)なれば吉(きち)。
原文:无攸遂。在中饋。貞吉。
書き下し文:遂(と)ぐる攸(ところ)なし。中饋(ちゅうき)に在(あ)り。貞(てい)なれば吉(きち)。
現代語訳:外に出て何かを成し遂げようとするのではない。家の内(中饋=食事の世話など家事)にあって、その務めを果たす。正しい道を守れば吉である。
ポイント解説:
この爻は、特に女性(主婦)が、家の内部で自分の役割(中饋)を誠実に果たし、家族を支えることの重要性を示しています。外で功名心を求めるのではなく(遂ぐる攸なし)、家庭という大切な場所を守り、育むことに専念する。その正しい道(貞)を守り続けるならば、必ず吉(吉)が得られます。内助の功の尊さを教えています。
九三(きゅうさん):
家人(かじん)嗃嗃(かくかく)たり。悔(くい)あり厲(あやう)うけれども吉(きち)。婦子(ふし)嘻嘻(きき)たれば、終(つい)に吝(りん)。
原文:家人嗃嗃。悔厲吉。婦子嘻嘻、終吝。
書き下し文:家人(かじん)嗃嗃(かくかく)たり。悔(くい)あり厲(あやう)うけれども吉(きち)。婦子(ふし)嘻嘻(きき)たれば、終(つい)には吝(りん)。
現代語訳:家の人々に対して厳しくしすぎる。後悔や危うさが伴うが、結果としては吉である。しかし、もし妻や子供がただふざけ合ってばかりいるようでは、最後には必ず困窮する。
ポイント解説:
家庭内の規律を保つために、時には厳しさ(嗃嗃たり)も必要であることを示しています。その厳しさは、一時的に反発を招いたり、後悔したりする(悔あり厲うけれども)かもしれませんが、長い目で見れば家族のためになり、吉となります。しかし、逆に甘やかしすぎて、妻や子供がただケラケラと遊び呆けている(婦子嘻嘻たれば)ようでは、家庭は堕落し、必ず困窮(終に吝)を招くという、厳しさと甘やかしのバランスの重要性を教えています。
六四(りくし):
家(いえ)を富(と)ます。大吉(だいきち)。
原文:富家。大吉。
書き下し文:家(いえ)を富(と)ます。大吉(だいきち)。
現代語訳:家を豊かにする。非常に素晴らしい吉である。
ポイント解説:
この爻は、柔順中正の徳を備えた女性が、その能力を発揮して家庭を豊かにし、繁栄させる姿です。家計を上手にやりくりしたり、家族の健康を守ったり、あるいは家庭内を明るく和やかに保ったりすることで、家全体が物質的にも精神的にも豊かになります。これは、この上ない吉(大吉)であり、家庭における女性の賢明な働きがいかに大切であるかを示しています。
九五(きゅうご):
王(おう)家(いえ)に假(いた)る。恤(うれ)うること勿(なか)れ吉(きち)。
原文:王假有家。勿恤吉。
書き下し文:王(おう)家(か)に假(いた)る。恤(うれ)うること勿(なか)れ吉(きち)。
現代語訳:王が自分の家族を治めるように、人々を治める。心配することはない、吉である。
ポイント解説:
君主の位にあり、一家の主としての徳と威厳を備えています。王がまず自分の家庭を正しく治め、その愛情と規律をもって国全体の人々(大きな家族)に接するように、公明正大で愛情深いリーダーシップを発揮すれば、何も心配することなく(恤うること勿れ)、必ず良い結果(吉)が得られます。まず身近なところから正し、その徳を広げていくことの重要性を示しています。
上九(じょうきゅう):
孚(まこと)有(あ)りて威如(いじょ)たり。終(つい)に吉(きち)。
原文:有孚威如。終吉。
書き下し文:孚(ふ)有(あ)りて威如(いじょ)たり。終(つい)には吉(きち)。
現代語訳:真心があり、しかも威厳が備わっている。最終的には吉である。
ポイント解説:
「家人」の時の最終段階。一家の長老、あるいは家庭の徳が完成した姿です。その心には揺るぎない誠実さ(孚有り)があり、それが自然と外に現れて、人々を従わせる威厳(威如たり)となっています。愛情と厳格さを兼ね備え、家族や共同体を正しく導く。そのような徳のある人物であれば、その終わりは必ず吉(終に吉)となります。
大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文):象曰。風自火出、家人。君子以言有物、而行有恆。
書き下し文: 象(しょう)に曰(いわ)く、風(かぜ)火(ひ)より出(い)づるは家人(かじん)なり。君子(くんし)以(もっ)て言(げん)に物(もの)有(あ)り、行(おこない)に恆(つね)有(あ)り。
現代語訳:象伝は言う。風が火から吹き出てくるのが家人の形である。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、言葉には実質があり、行いには一貫性があるようにする。
ポイント解説:
家の中の火(離=明知、真心)の暖かさや明るさが、風(巽=影響力)となって外へと吹き出ていく。これが「家人」の象徴です。これを見た君子は、「言に物有り、行に恆有り」、つまり、その言葉には実質が伴い(言に物有り)、その行動には一貫性があり、長続きする(行に恆有り)ように努めます。家庭においても、社会においても、言葉と行動が一致し、それが誠実で継続的であること。これこそが、人々の信頼を得て、調和のとれた共同体を築くための基本であると教えています。
【風火家人(ふうかかじん)の彖伝】〜全体像〜
原文 彖曰。家人、女正位乎内、男正位乎外。男女正、天地之大義也。家人有嚴君焉、父母之謂也。父父、子子、兄兄、弟弟、夫夫、婦婦、而家道正。正家而天下定矣。
書き下し文 彖(たん)に曰(いわ)く、家人(かじん)は、女(じょ)は内(うち)に位(くらい)を正(ただ)しうし、男(だん)は外(そと)に位を正しうす。男女(だんじょ)正(ただ)しきは、天地(てんち)の大義(たいぎ)なり。家人(かじん)に嚴君(げんくん)有(あ)りとは、父母(ふぼ)の謂(いい)なり。父(ちち)は父たり、子(こ)は子たり、兄(けい)は兄たり、弟(てい)は弟たり、夫(ふ)は夫たり、婦(ふ)は婦たれば、家道(かどう)正(ただ)し。家(いえ)を正(ただ)しうして天下(てんか)定(さだ)まる。
現代語訳 彖伝は言う。家人とは、女性はその家の内側でその役割を正しく果たし、男性は家の外側でその役割を正しく果たすことである。男女がそれぞれの役割を正しく果たすことは、天地自然の大いなる道理である。家人に厳格な君主がいるというのは、父母のことを言うのである。父が父としての役割を果たし、子が子としての役割を果たし、兄が兄として、弟が弟として、夫が夫として、妻が妻としての役割をそれぞれ正しく果たしてこそ、家の道は正しくなる。そして、家が正しく治まってこそ、天下は安定するのである。
【むすび】
風火家人の卦は、わたしたちの最も身近な人間関係である「家庭」や、わたしたちが属するあらゆる「共同体」において、いかにして調和と秩序を育み、そこから善き影響を広げていくかという、温かくも本質的な智慧を授けてくれます。
- 1. 「言(げん)に物(もの)有(あ)り、行(おこない)に恆(つね)有(あ)り」 – あなたの言葉と行動に、誠実な「実」と「継続」を: 大象伝が教えるように、わたしたちが発する言葉には、中身があり、真実が伴っていること。そして、一度やると決めたことは、気まぐれではなく、一貫性を持って継続すること。この二つは、家庭だけでなく、あらゆる人間関係や自己成長において、信頼を築き、物事を成就させるための、最も基本的な土台です。まずは、わたしたち自身の言葉と行動を見つめ直してみませんか。
- 2. 「内(うち)を修(おさ)めて外(そと)を治(おさ)む」 – まずは、あなた自身の心の家を整えよう: 風火家人は、内なる火(真心や明知)が外なる風(影響力)を生み出すと教えています。わたしたちも、社会や他者に良い影響を与えたいと願うならば、まず自分自身の心を整え、家庭や身近な人間関係の中に、温かく、秩序ある空間を築くことから始めるのが良いでしょう。内なる調和が、やがて外の世界へと美しい波紋のように広がっていくのです。
- 3. 「閑有家(いえをたもつにかんす)」と「家人嗃嗃(かじんかくかく)」 – 愛情と規律の、賢明なバランスを: 初九が示すように、家庭や共同体には、その秩序を守るための適切な「区切り」や「ルール(閑)」が必要です。そして、九三が示すように、時には「厳しさ(嗃嗃)」も、甘やかしによる堕落を防ぎ、皆の成長を促すためには不可欠です。しかし、その根底には常に愛情がなければなりません。この愛情と規律のバランスを、わたしたち自身が賢明に学び取っていく必要があります。
- 4. あなたの「中饋(ちゅうき)」と「富家(ふか)」は? – 日々の役割に心を込め、豊かさを分かち合おう: 六二や六四が示すように、それぞれの立場で自分の役割(中饋)を誠実に果たし、家庭や共同体を豊かにする(富家)ことは、非常に尊い行いです。わたしたちも、日々の生活の中で、自分に与えられた役割や責任に心を込め、そこで得られた恵みや喜びを、家族や仲間と分かち合うことで、共に温かい心の循環を創り出していきましょう。
風火家人の時は、わたしたちの人間としての土台である「家庭」や「共同体」のあり方を見つめ直し、そこに愛と秩序、そして誠実な言葉と行動を育んでいく、かけがえのない機会です。その温かい火が、やがて大きな風となり、わたしたち自身と、わたしたちの周りの世界を、より優しく、より豊かで、そしてより希望に満ちたものへさせてくれることでしょう。