【易】第20卦「風地観(ふうちかん)」– 万物を観(み)て自らを省み、徳を示して人々を導く

1. 卦象(かしょう): ䷓
2. 名称(めいしょう): 風地観(ふうちかん)
3. 4. 【この卦のメッセージ】
上卦:巽(そん) – 風、木、入る、従順、命令
下卦:坤(こん) – 地、受容、柔順、母性、大衆
全体のイメージ: 広大な大地(坤)の上を、あまねく吹き渡る風(巽)。この「風地観」の姿は、まるで風が地上を巡り、あらゆるものを見聞し、その様子を隅々まで伝えるように、あるいは、高い場所から地上の民の暮らしを注意深く見渡し、その状況を把握する為政者の姿を象徴しています。「観」という文字には、「よく見る」「観察する」という意味の他に、「人に見せる」「模範を示す」という意味も含まれています。 風は形がなく、自由に行き渡り、物事の本質に浸透していきます。大地は全てを受け入れ、その上で万物が活動しています。この卦は、わたしたちが表面的な現象だけでなく、その奥にある本質や道理を深く「観」ること、そしてまた、自分自身のあり方や徳が、周囲の人々からどのように「観」られているかを意識し、善き模範を示すことの重要性を教えているのです。
1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):觀。盥而不薦。有孚顒若。
書き下し文: 観(かん)は盥(かん)して薦(すす)めず。孚(まこと)有りて顒若(ぎょうじゃく)たり。
現代語訳: 観の時は、(神に祈る前の)手水を使って身を清めたが、まだ供物を薦めて祭祀を始めてはいない状態である。そこには(内なる)誠があり、人々が敬虔に見上げるような厳かな姿がある。
ポイント解説:
この卦辞は、非常に厳粛で精神的な場面を描写しています。「盥して薦めず」とは、祭祀の前に手を洗い身を清め、心を集中させているが、まだ具体的な儀式(供物を薦める)には入っていない、という静かで張り詰めた状態です。この時、最も大切なのは「孚有りて顒若たり」、つまり、内面に揺るぎない誠実さ(孚)があり、その真摯な態度が自然と外に現れ、人々が敬い見上げるような威厳と徳(顒若)を備えていることです。「観」とは、このような清浄で誠実な心で物事を見つめ、また人々にその模範を示す時であることを示唆しています。行動を起こす前の、深い内省と精神の集中が求められます。
2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初六(しょりく):
童観(どうかん)。小人(しょうじん)は咎(とが)なし、君子(くんし)は吝(りん)。**
原文:童觀。小人无咎、君子吝。
書き下し文:童観(どうかん)す。小人(しょうじん)は咎(とが)なし、君子(くんし)は吝(りん)。
現代語訳:子供のように視野が狭く、物事の表面しか見ていない。徳の低い小人物であればそれでも咎めはないが、君子(徳の高い人)であれば恥ずべきことである。
ポイント解説:
「観」の始まりの段階。まだ物事の本質を見抜く力が養われておらず、まるで子供のように(童観)、表面的で浅い見方しかできていない状態です。一般的な人々(小人)であれば、それでも大きな過ちにはなりませんが、指導的な立場にあるべき君子がこのような視野の狭さでは、将来的に困難を招き、恥ずべき(吝)結果となります。物事を多角的、かつ深く観察する力の重要性を示唆しています。
六二(りくじ):
闚観(きかん)。女(おんな)の貞(てい)に利(よろ)し。**
原文:闚觀。利女貞。
書き下し文:闚観(きかん)す。女(じょ)の貞(てい)に利(よろ)し。
現代語訳:戸の隙間からそっと覗き見るように、限られた範囲しか見ていない。しかし、女性が貞節を守るように、自分の本分を守るならば良い。
ポイント解説:
視野が狭く、まるで戸の隙間から外を覗き見るように(闚観)、限られた情報や視点しか持てない状態です。しかし、この爻は柔順中正の徳を持ち、自分の立場や本分をわきまえ、それを固く守る(女の貞に利し)ならば、大きな過ちには至りません。自分の限界を認識し、その範囲内で誠実に務めを果たすことの重要性を示しています。
六三(りくさん):
我(わ)が生(せい)を観(み)て、進退(しんたい)す。**
原文:觀我生、進退。
書き下し文:我(わ)が生(せい)を観(み)て、進退(しんたい)す。
現代語訳:自分自身のこれまでの生き方や、現在の状況をよく観察し、その上で進むべきか退くべきかを判断する。
ポイント解説:
この爻は、自己反省の重要性を示しています。自分自身のこれまでの行い(我が生を観て)や、置かれている状況、そして自分の能力や限界を客観的に見つめ直し、その上で今後の行動方針(進退)を決定すべき時です。感情や勢いだけでなく、冷静な自己分析に基づいた判断が求められます。
六四(りくし):
国(くに)の光(ひかり)を観(み)る。王(おう)に賓(ひん)たるに利(よろ)し。
原文:觀國之光。利用賓于王。
書き下し文:国(くに)の光(ひかり)を観(み)る。用(もっ)て王(おう)に賓(ひん)たるに利(よろ)し。
現代語訳:その国の素晴らしい文化や政治(国の光)を視察する。そして、その国の王に賓客として仕えるのが良い。
ポイント解説:
優れた国の文化や政治、あるいは徳の高い人物(国の光)をよく観察し、そこから多くを学ぶべき時です。そして、その学んだことを活かすために、優れた指導者(王)のもとで働く(賓たる)ことが、自分自身を成長させ、社会に貢献する道となります。良い手本から学び、それを実践する機会を求めることの重要性を示しています。
九五(きゅうご):
我(わ)が生(せい)を観(み)る。君子(くんし)ならば咎(とが)なし。**
原文:觀我生。君子无咎。
書き下し文:我(わ)が生(せい)を観(み)る。君子(くんし)ならば咎(とが)なし。
現代語訳:自分自身の生き様が、人々の模範となるように常に省みる。君子であれば咎めはない。
ポイント解説:
この卦の中心であり、人々から「観られる」立場にある君主やリーダーの爻です。自分自身の行いや生き様(我が生)が、民衆の模範となっているかを常に内省し、徳を高め続ける。そのような君子であれば、何の咎めもなく、人々からの尊敬を集めるでしょう。指導的立場にある者の、絶え間ない自己研鑽と模範を示す責任の重要性を示しています。
上九(じょうきゅう):
其(そ)の生(せい)を観(み)る。君子(くんし)ならば咎(とが)なし。
原文:觀其生。君子无咎。
書き下し文:其(そ)の生(せい)を観(み)る。君子(くんし)ならば咎(とが)なし。
現代語訳:人々の生き様を高い所から観察する。君子であれば咎めはない。
ポイント解説:
「観」の時の最終段階。もはや直接的に人々と関わるのではなく、高い視点から、あるいは一線を退いた立場から、人々の生活や社会全体のあり様(其の生)を静かに観察し、その本質を見極めようとする境地です。このような客観的で大局的な観察眼を持つ君子であれば、誤った判断を下すことなく、咎めもありません。深い洞察と静観の智慧を示しています。
3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文): 象曰。風行地上、觀。先王以省方觀民設教。
書き下し文: 象(しょう)に曰(いわ)く、風(かぜ)地(ち)の上(うえ)を行(ゆ)くは観(かん)なり。先王(せんのう)以(もっ)て方(ほう)を省(かえり)み民(たみ)を観(み)て教(おしえ)を設(もう)く。
現代語訳: 象伝は言う。風が地上を隅々まで吹き渡るのが観の形である。古代の賢王たちはこれに倣(なら)い、各地を巡ってその状況を視察し、民の生活をよく観察し、それに基づいて適切な教えを設け、人々を教化育成した。
ポイント解説:
風が地上をあまねく吹き渡り、その土地の様子を明らかにするように、指導者は広く情報を集め、現状を正しく把握することが重要です。古代の賢王たちは、まず各地を巡り、人々の生活や風俗を注意深く観察し(方を省み民を観て)、その実情に合った適切な教育や制度(教を設く)を施しました。これは、現場の状況を深く理解することなしに、真に有効な指導や改革は行えないという、リーダーシップにおける普遍的な教えです。
4.むすび
風地観の卦は、わたしたちが自分自身を、そして周囲の世界を、より深く、より本質的に「観る」ことの重要性と、そこから得られる豊かな智慧を教えてくれます。
風地観の時は、わたしたちが自己と世界への深い洞察を得て、精神的な成長を遂げるための、静かで豊かな学びの時です。心を澄ませ、注意深く「観る」ことを通じて、わたしたちは日常の中に隠された多くの真実と美しさに気づき、そして自分自身の内なる道を、より確かに、そしてより喜びに満ちて歩んでいくことができるでしょう。
