【八卦の詳解】「巽(そん)」– しなやかな風の如く、心に浸透し事を成す『柔らかな影響力』
1. 卦象(かしょう): ☴

2. 名称(めいしょう): 巽(そん)
【巽】– 全てに浸透する風、しなやかに従う智慧
卦象と象徴
二本の力強い陽爻(—)の下に、一本の柔順な陰爻(- -)が入り込んでいる姿。これは、外見は剛健でしっかりとしていながら、その根底には柔順さや謙虚さが備わっていることを表しています。このへりくだった陰の性質があるからこそ、風のように、あらゆる隙間にスムーズに入り込み、影響を及ぼすことができるのです。
自然界の象徴:
風、木、檜、柳、
性質:
入(にゅう:入ること)、順(じゅん:従うこと)、伏(ふく:伏し隠れること)、浸透
呼吸、出入、柔軟、臭、優柔不断、流動、応接、商い、利益、教え、疑い、反目
人物における象徴:
長女(ちょうじょ)、巫女、僧、尼僧、おでこが広い、多白眼、股など
動物における象徴:
鶏(にわとり)、コウノトリ、鷲、鷹、鳶、蛇、魚、豚など
物質における象徴
樹木、木材、紐、縄、木製の家具(机、椅子)、牀(木製ベッド)、古時計
物価相場
変動多く、下落相場である
病象
巽の形から脚や股に関する連想がされる。
下半身の病、性病、痔、腸など。
風邪とか神経症などもあり。
病が潜伏している状態で、長引くことが多いとみる
その他
天候 晴れ、曇りだが風がある
季節 晩春から初夏
方位 先天図南西 後天図 東南(辰巳)
数 易数 5 五行数 3、8
時間 午前7時から11時
味 酸味
物語
「巽」とは、形を持たず、しかしどこへでも届き、あらゆるものに影響を与える「風」の力です。それは、大木へと成長する若木の根が、時間をかけて土の中に深く、広く、そのネットワークを張り巡らせていくように、力ずくではなく、「粘り強さ」と「柔軟さ」で、物事を成し遂げるエネルギーを象徴します。 わたしたちの心における「巽」は、頑なな心をも解きほぐす優しい言葉であり、状況の変化に巧みに適応するしなやかさであり、そして、優れた教えやリーダーに素直に従い、その智慧を深く吸収することで、自分自身を大きく成長させていく、賢明な「従順さ」でもあるのです。
「申命行事(しんめいぎょうじ)」の力 – 言葉を重ね、事を成す
「巽」のエネルギーが二つ重なると、易経六十四卦の第五十七卦「巽為風(そんいふう)」となります。その卦の性質を説明する大象伝(たいしょうでん)には、「巽」の持つ影響力の核心を示す、**「申命行事(しんめいぎょうじ)」**という言葉があります。
「象(しょう)に曰(いわ)く、風(かぜ)に隨(したが)うは巽(そん)なり。君子(くんし)以(もっ)て命(めい)を申(かさ)ねて事(こと)を行(おこな)う。」 (象伝は言う。風が次から次へと吹き従い、その影響を広めていくのが巽の形である。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、命令や方針を繰り返し明確に伝え、それに基づいて事を実行する。)
風が一度吹いただけでは、大きな変化は生まれないかもしれません。しかし、同じ方向から、繰り返し、そして粘り強く風が吹き続けることで、やがては木々をなびかせ、風景を変えていきます。 これと同じように、「巽」の智慧は、わたしたちが何か大切なことを伝え、人々を動かしたいと願う時、「命を重ねて事を行う」、つまり、自分の意志や方針(命)を、一度だけでなく、繰り返し、丁寧に、そして誠実な言葉で伝え続ける(重ねて)ことの重要性を教えています。その粘り強いコミュニケーションが、やがて人々の心に深く浸透し、大きな共感と、確実な行動(事を行う)を生み出すのです。

【わたしたちと「巽」の力】– 柔らかな風のように、世界と関わる3つのヒント
では、わたしたちはこのしなやかで、しかし確実な力を持つ「巽」のエネルギーを、日々のために、どのように活していけば良いのでしょうか。
- ヒント1:力ではなく「浸透」によって、人の心を動かす わたしたちが誰かの心を動かしたい時、あるいは自分自身の頑なな心を変えたいと願う時、力ずくで扉をこじ開けようとするのではなく、風のように、その心の隙間に優しく吹き込み、時間をかけて内側から理解と変化を促してみませんか。「こうしなさい」という命令ではなく、「こんな考え方もあるよ」という提案。「それは間違っている」という批判ではなく、「わたしはこう感じる」という共感。その「巽」の柔らかなアプローチこそが、相手の心を守りながら、より深く、より持続的な変化をもたらします。
- ヒント2:「従う」ことから始まる、最も賢明な学びの道 「巽」は、「従う」という性質を象徴します。これは、決して主体性がないということではありません。むしろ、自分自身が「この人から学びたい」「この教えは本物だ」と心から信じられる師や理念を見つけ、その導きに素直に、そして謙虚に従うこと。それは、自己流で試行錯誤するよりも、遥かに早く、そして確実に成長するための、最も賢明な道の一つです。あなたの旅を導いてくれる、素晴らしい風を見つけ、その流れに身を任せてみましょう。
- ヒント3:一貫性のある「メッセージ」という風を、自分自身と世界に送り続ける 「申命行事」の智慧が教えるように、一貫性は非常に大きな力となります。わたしたちが大切にしたい価値観や、達成したい目標を、まずは自分自身の心に対して、繰り返し言い聞かせること。そして、それを日々の言葉や行動を通して、周囲の世界にも、穏やかに、しかし一貫して発信し続けること。その穏やかで絶え間ないメッセージの風が、やがて現実という名の風景を、あなたの望む方向へと、少しずつ、しかし確実に形作っていくのです。
【むすび】風の如く、しなやかに、そして確実に – あなたの柔らかな影響力が、世界を動かす
「巽」の智慧は、大きな声や、目に見える強い力だけが世界を動かすのではないことを教えてくれます。むしろ、目には見えないほど穏やかで、しかしどこへでも届き、あらゆるものに浸透していく、誠実で粘り強い影響力こそが、人の心を深く動かし、真の「益々善成」を育むのです。
それは、決して派手なものではないかもしれません。しかし、その影響は、長い年月をかけて大木となる若木の根のように、確実で、そして力強いのです。
さあ、わたしたちも、心にしなやかな風を呼び込みましょう。あなたの優しい言葉、粘り強い努力、そして柔軟な心が、あなた自身を、そしてあなたの周りの世界を、より温かく、より豊かな場所へと、静かに、しかし確実に導いていくのですから。