〜濁った水を、静止させて澄ます技術〜
1. 原文(漢文)
古之善為士者,微妙玄通,深不可識。 夫唯不可識,故強為之容。
豫兮若冬涉川,猶兮若畏四鄰。 儼兮其若客,渙兮若冰之將釋。 敦兮其若樸,曠兮其若谷,混兮其若濁。
孰能濁以靜之徐清? 孰能安以動之徐生?
保此道者不欲盈。 夫唯不盈,故能蔽而新成。
2. 書き下し文
古(いにしえ)の善(よ)く士(し)を為(な)す者(もの)は、微妙玄通(びみょうげんつう)にして、深(ふか)くして識(し)るべからず。 夫(そ)れ唯(た)だ識るべからず、故(ゆえ)に強(し)いて之(これ)が容(よう)を為(な)す。
豫(よ)として冬(ふゆ)川(かわ)を渉(わた)るが若(ごと)く、猶(ゆう)として四隣(しりん)を畏(おそ)るるが若し。 儼(げん)として其(そ)の客(かく)の若く、渙(かん)として氷(こおり)の将(まさ)に釈(と)けんとするが若し。 敦(とん)として其の朴(ぼく)の若く、曠(こう)として其の谷(たに)の若く、混(こん)として其の濁(だく)の若し。
孰(たれ)か能(よ)く濁(にご)りを以(もっ)て之を静(せい)にし徐(おもむ)ろに清(す)ましめんや? 孰か能く安(やす)きを以て之を動(うご)かし徐ろに生(しょう)ぜしめんや?
此(こ)の道(みち)を保(たも)つ者(もの)は盈(み)つるを欲(ほっ)せず。 夫れ唯だ盈たず、故に能く蔽(やぶ)れて新(あら)たに成(な)る。
3. 現代語訳
昔の優れた人物(道の達人)は、奥深く不可解で、その深さは計り知れません。 あまりに奥深くて理解できないので、無理やりその姿を形容してみましょう。
- 慎重なことは、冬の凍った川を渡るようです(薄氷を踏むように注意深い)。
- 用心深いことは、四方の隣人を恐れているようです(周囲に気を配り、警戒している)。
- 礼儀正しいことは、招かれたお客さんのようです(謙虚で控えめ)。
- こだわらないことは、氷が解け出すようです(形に囚われず、サラサラと流れる)。
- 素朴なことは、切り出されたままの丸太のようです(飾り気がない)。
- 心が広いことは、空っぽの谷間のようです(何でも受け入れる)。
- そして、混じり合っていることは、まるで濁った水のようです(清濁を合わせ飲む)。
一体誰が、濁った水をかき回さずにじっと静止させ、徐々に澄んだ水にすることができるでしょうか?(いや、達人にしかできません) 一体誰が、静まり返った状態から、ゆっくりと動き出し、生き生きとした活動を生み出すことができるでしょうか?
この「道」を保っている人は、満ち足りること(完成や頂点)を望みません。 満タンになることを望まないからこそ、ボロボロになっても、また新しく生まれ変わることができるのです。
4. ポイント解説
第十五章は、私たちが困難に直面した時の**「在り方(スタンス)」と、混乱を秩序へと変える「魔法のプロセス」**を教えてくれています。
誰にとっても共通する、人生を好転させる3つの姿勢は以下の通りです。
① 「臆病」なくらいが丁度いい(慎重さの価値)
現代社会では「即断即決」「大胆な行動」が称賛されます。しかし、老子の理想像は「冬の川を渡るように慎重」です。 人生の重大な局面や、新しいプロジェクトを始める時こそ、薄氷を踏むような繊細な注意深さが必要です。
「ビクビクするのは悪いことではない」。 それはリスクを感知している証拠です。その慎重さがあるからこそ、大きな失敗を避け、確実にゴールへとたどり着けるのです。
② 「濁り」を嫌わず、静止して待つ(濁以静之徐清)
ここが最大の実践ポイントです。 心がモヤモヤする、状況が不透明で先が見えない(=濁り)。そんな時、私たちは焦って答えを出そうとします。 しかし、泥水を透明にする唯一の方法は、「触らずに、置いておくこと」だけです。
「益々よくなる」ための秘訣は、混乱した時ほど「何もしない時間(あえての停止)」を持つことです。 瞑想でも、ただ座るだけでもいい。動きを止めれば、泥(雑念やトラブル)は自然と沈殿し、上澄み(解決策や本心)が現れます。この「待つ力」こそが最強の解決能力です。
③ 満タンを目指さず、永遠に未完成でいる
「蔽(やぶ)れて新たに成る」。 完成してしまえば、あとは壊れるだけです。満タンになれば、溢れるだけです。 達人は、自分が「まだ不完全である」「まだ余地がある」ことを知っています。だからこそ、古くなっても、何度でもリニューアル(更新)し続けることができるのです。
「完璧でなくていい。むしろ、少し欠けているほうがいい」。 その「足りなさ」が、次の成長への原動力となり、あなたの人生を終わりのない向上へと導き続けます。

