【易】第1卦「乾為天(けんいてん)」– 天の創造力、龍の飛翔

1. 卦象: ䷀
2. 名称: 乾為天(けんいてん)
3【この卦の言葉(メッセージ)】
上卦:乾(けん) – 天、創造、剛健、父性、龍
下卦:乾(けん) – 天、創造、剛健、父性、龍
全体のイメージ: 天が二つ重なる「乾為天」の姿は、どこまでも広がる大空、純粋で混じり気のない陽のエネルギーが、天にも地にも満ち溢れている壮大な風景をわたしたちに示しています。それは、万物を生み出す根源的な創造力、目標に向かって力強く進むリーダーシップ、そして無限の可能性を秘めた、躍動感あふれる「始まりの時」を象徴しています。この卦の象徴動物は「龍」。龍が天に昇るように、大きな志を抱き、時を待ち、そして飛翔していく、そんな力強い物語がここに秘められています。
1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):** 乾。元亨。利貞。
書き下し文:** 乾は元(おおい)に亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。
現代語訳:** 乾の時は、願いは大きく通り、成就する。ただし、正しい道を守ることが大切である。
ポイント解説:
乾為天は、物事が力強く発展し、大きな成功を収める可能性を秘めた時であることを示しています。「元亨利貞(げんこうりてい)」は、乾の四徳とも呼ばれ、万物の始原(元)、通達(亨)、成就(利)、そして正しさ(貞)を表す、非常に吉兆な言葉です。しかし、その強大なエネルギーゆえに、正しい道筋(貞)を踏み外さないことが、その成功を持続させるための条件となります。
2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初爻
潜龍(せんりゅう)。勿用(もちうるなかれ)。
原文:潜龍。勿用。
書き下し文:潜龍(せんりゅう)なり。用(もち)うる勿(なか)れ。
現代語訳:まだ水底に潜んでいる龍である。まだその力を発揮すべき時ではない。
ポイント解説:
物語の始まり。龍(あなたやあなたの計画)はまだ力を蓄え、潜んでいる状態です。今はまだ表立って行動する時ではなく、静かに実力を養い、来るべき時に備えるべき時であることを示しています。焦らず、じっくりと準備を整えましょう。
二爻
見龍在田(けんりゅうでんあり)。利見大人(たいじんをみるによろし)。**
原文:見龍在田。利見大人。
書き下し文:見(あらわ)るる龍(りゅう)、田(でん)に在り。大人(たいじん)を見るに利(よろ)し。
現代語訳:龍が姿を現し、地上(田)に出た。徳のある優れた人物(大人)に会い、その指導や助けを得ると良い。
4.ポイント解説:
龍が少しずつ頭角を現し始める段階です。自分の能力や存在が周囲に認識され始めますが、まだ独力で事を成すには早いかもしれません。謙虚に学び、良き指導者や協力者(大人)を求めることで、道が開けていくでしょう。
三爻
君子終日乾乾(くんししゅうじつけんけん)、夕惕若(せきてきじゃく)たり。厲(あやう)うけれども咎(とが)なし。**
原文:君子終日乾乾、夕惕若。厲无咎。
書き下し文:君子(くんし)は終日(しゅうじつ)乾乾(けんけん)し、夕(ゆうべ)にも惕若(てきじゃく)たり。厲(あやう)うけれども咎(とが)なし。
現代語訳:君子は一日中、勤勉に努力を重ね、夕方になっても油断せず慎重である。危うい立場ではあるが、(そうすることで)咎めはない。
ポイント解説:
実力がつき、重要な立場に立つ可能性がありますが、同時に周囲からの嫉妬や警戒も受けやすい時です。驕ることなく、一日中勤勉に励み(乾乾)、夜になっても気を引き締め、慎重に行動する(惕若)ことで、困難を乗り越え、咎めを避けることができます。自己研鑽と謙虚さが鍵となります。
四爻
或(あるい)は躍(おど)りて淵(ふち)に在り。咎(とが)なし。
原文:或躍在淵。无咎。
書き下し文:或(あるい)は躍(おど)りて淵(ふち)に在り。咎(とが)なし。
現代語訳:龍が、あるいは躍り上がろうとして淵にいる。咎めはない。
ポイント解説:**
龍が天に昇るか、淵に留まるか、まさに飛躍の岐路に立っている状態です。状況を慎重に見極め、進むべきか、あるいはもう少し力を蓄えるべきか、柔軟に判断する必要があります。どちらを選んでも、慎重な判断に基づけば咎めはないでしょう。自分の内なる声と状況をよく見極める時です。
五爻
飛龍在天(ひりゅうてんあり)。利見大人(たいじんをみるによろし)。**
原文:飛龍在天。利見大人。
書き下し文:飛龍(ひりゅう)、天(てん)に在り。大人(たいじん)を見るに利(よろ)し。
現代語訳:龍が天高く飛翔している。徳のある優れた人物(大人)に会い、その助けを得ると良い。(あるいは、自分が大人として他者を導く)
ポイント解説:
龍が天高く飛翔し、その力を存分に発揮している、まさに絶頂期です。大きな成功を収め、指導的な立場に立つでしょう。この時も、九二と同様に、徳のある人物(大人)との出会いや協力関係が重要となります。また、自分が「大人」として、他者を導き、その力を社会のために使うべき時でもあります。
上爻
:亢龍(こうりゅう)。悔(くい)あり。**
原文:亢龍有悔。
書き下し文:亢龍(こうりゅう)悔(くい)あり。
現代語訳:天高く昇りつめた龍。行き過ぎて悔いを残す。
ポイント解説:
龍が天の頂点まで昇りつめ、それ以上進むところがない状態です。勢いがありすぎると、かえって状況を見誤り、無理をして後悔する結果を招きやすい時。頂点に達したら、謙虚に退くことや、力を調整することの重要性を示唆しています。慢心や過信は禁物です。
用九
用九(ようきゅう):群龍(ぐんりゅう)の首(こうべ)无(な)きを見る。吉(きち)。**
原文:** 用九。見群龍无首。吉。
書き下し文:** 用九(ようきゅう)。群龍(ぐんりゅう)の首(こうべ)无(な)きを見(み)る。吉(きち)。
現代語訳:** 用九。多くの龍が、頭となるリーダーを持たずに調和している様を見る。吉である。
ポイント解説:
これは乾為天の六つの爻が全て陽(九)である場合に現れる特別なメッセージです。特定のリーダーが支配するのではなく、全ての陽(龍)がそれぞれの特性を活かし、自律的に、そして調和的に動いている理想的な状態を表します。謙虚さを持ち、他者と協調することで、大きな吉が得られることを示しています。
3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文): 象曰。天行健。君子以自強不息。
書き下し文: 象(しょう)に曰(いわ)く、天行(てんこう)は健(けん)なり。君子(くんし)以(もっ)て自(みずか)ら強(つと)めて息(や)まず。
現代語訳: 象伝は言う。天の運行は健やかで、休むことがない。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、自ら努め励んでやまない。
ポイント解説:
天が昼夜を問わず運行し、万物を生み出し続けるように、わたしたちもまた、常に自分自身を励まし、向上させる努力を怠らず、たゆまずに前進し続けることの大切さを教えています。これこそが、乾為天のエネルギーを最も建設的に活かす道です。
4. むすび
乾為天の力強いエネルギーは、わたしたちが大きな志を抱き、それを実現していくための、素晴らしい追い風となります。
しかし、その強大な力ゆえに、常に謙虚さと正しい道(貞)を忘れず、そして「時」を大切にすること。
