【易経】第30卦「離為火(りいか)」– 内なる光を灯し、真実を照らし、美しく燃え盛る炎

1. 卦象(かしょう): ䷝
2. 名称(めいしょう): 離為火(りいか)
3. 【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):離(り) – 火、麗(つく)、明知、太陽、文明、中女
下卦(かか):離(り) – 火、麗(つく)、明知、太陽、文明、中女
全体のイメージ: 明るく輝く火(離)が、さらにその上に火(離)を重ねる。この「離為火」の姿は、まるで太陽が二つ輝いているかのように、あるいは燃え盛る炎がさらに勢いを増しているように、知性や情熱、文明の光が最高潮に達し、全てを明るく照らし出している状態を象徴しています。「離」という文字には、「くっつく」「付着する」「麗しい」という意味があり、火が燃えるべき薪に付着して美しく燃え盛るように、わたしたちの知性や情熱もまた、正しい対象に付着し、依り頼むことで、その輝きを増すことを示唆しています。 この卦は、物事が明確になり、真実が明らかになり、文化や芸術が花開く、非常に華やかで知的な時を表します。しかし、同時に、火は燃え尽きる危険性や、何に「麗(つ)く」かを見誤れば、 破壊的な力にもなり得るという、両刃の剣のような側面も持っています。
卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):離。利貞。亨。畜牝牛吉。
書き下し文: 離(り)は貞(ただ)しきに利(よろ)し。亨(とお)る。牝牛(ひんぎゅう)を畜(やしな)えば吉(きち)。
現代語訳: 離(火の明知や情熱)の時は、正しい道を守ることが大切であり、そうすれば願いは通る。柔順な牝牛を養うように、従順で穏やかな徳を養えば吉である。
ポイント解説:
この卦辞は、「離」の時が、その輝きやエネルギーを正しく用いるならば、成功(亨る)をもたらすことを示しています。しかし、そのための絶対条件として「貞しきに利し」、つまり、その知性や情熱が正しい道徳や目的に沿っていることが強調されます。そして、「牝牛を畜えば吉」という言葉は非常に重要です。牝牛は、従順さ、穏やかさ、そして持続的な生産力(乳を出すなど)の象徴です。これは、燃え盛る火のような知性や情熱(離)も、それだけでは暴走したり、すぐに燃え尽きたりする危険性があるため、牝牛のような「柔順さ」「忍耐力」「持続性」といった陰の徳を併せ持って養うことで、初めてその輝きが真に安定し、長く吉運をもたらすのだと教えています。明知と柔順のバランスが鍵です。
爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初九(しょきゅう):
履(ふ)むこと錯然(さくぜん)たり。之(これ)を敬(うやま)えば咎(とが)なし。
原文:履錯然。敬之无咎。
書き下し文:履(ふ)むこと錯然(さくぜん)たり。之(これ)を敬(けい)すれば咎(とが)なし。
現代語訳:足の踏み場が入り乱れていて、どこへ進むべきか迷う。しかし、慎み敬う心をもって対処すれば、咎めはない。
ポイント解説:
「離」の始まり。まだ状況がはっきりせず、足元が定まらない(履むこと錯然たり)混乱した状態です。様々な情報や可能性が入り乱れ、どちらへ進むべきか迷いやすい時。このような時には、軽率に行動せず、まず慎重に状況を見極め、敬虔な心(之を敬すれば)で事にあたるならば、大きな過ち(咎なし)を犯すことはありません。初期の混乱期における、慎重さと敬意の重要性を示しています。
六二(りくじ):
黄離(こうり)。元吉(げんきつ)。
原文:黄離。元吉。
書き下し文:黄離(こうり)。元吉(げんきつ)。
現代語訳:黄色く輝く火(太陽のように中庸を得た明知)。非常に素晴らしい吉である。
ポイント解説:
この爻は、離の徳が最も理想的な形で現れている状態です。「黄」は中央や中庸を象徴し、「黄離」とは、偏りのない、中正で輝かしい明知や文明を表します。このようなバランスの取れた明知は、万物を照らし、育み、大きな吉運(元吉)をもたらします。私心なく、公平で、温かい知性が周囲を照らす時です。
九三(きゅうさん):
日昃(にっしょく)の離(り)。缶(ほとぎ)を鼓(こ)して歌(うた)わざれば、則(すなわち)大耋(だいてつ)の嗟(なげき)あり。凶(きょう)。
原文:日昃之離。不鼓缶而歌、則大耋之嗟。凶。
書き下し文:日昃(にっしょく)の離(り)。缶(ふ)を鼓(こ)して歌(うた)わざれば、則(すなわち)大耋(だいてつ)の嗟(さ)あり。凶(きょう)。
現代語訳:太陽が西に傾きかける時の光(勢いが衰え始める明知)。このような時に、土器を叩いてでも歌い、楽しむべき楽しまなければ、やがて年老いた時の嘆きがあるだろう。凶である。
ポイント解説:
太陽が西に傾き、その光が衰え始めるように、輝かしい時にも陰りが見え始める状況です。このような時は、過去の栄光に囚われたり、将来を悲観したりするのではなく、むしろ今ある光を精一杯楽しみ、積極的に行動する(缶を鼓して歌う)ことが大切です。そうしなければ、やがて年老いた時に「あの時もっと楽しんでおけばよかった」と後悔する(大耋の嗟あり)ことになり、凶運を招きます。限りある時を大切にし、今を生きることの重要性を示唆しています。
九四(きゅうし):
突如(とつじょ)として其(そ)れ来(きた)如(じょ)、焚如(ふんじょ)、死如(しじょ)、棄如(きじょ)。
原文:突如其來如、焚如、死如、棄如。
書き下し文:突如(とつじょ)として其(そ)れ来(きた)如(じょ)、焚如(ふんじょ)、死如(しじょ)、棄如(きじょ)。
現代語訳:突如としてそれがやって来て、燃え尽きるように、死ぬように、捨て去られるように、全てがあっけなく終わってしまう。
ポイント解説:
この爻は、非常に突然で、破壊的な変化が訪れることを示しています。まるで燃え盛る炎が、あっという間に全てを焼き尽くし、何もかもが無に帰してしまうような、衝撃的な出来事です。これは、これまでのやり方や考え方が通用しなくなり、全てを根本から見直さざるを得ないような、厳しい転換期を意味します。このような時は、抵抗しても無駄であり、一度全てを「捨て去る」覚悟が必要かもしれません。
六五(りくご):
涕(なみだ)を出(いだ)すこと沱若(たじゃく)たり。戚(うれ)い嗟(なげ)くこと若(じゃく)たり。吉(きち)。
原文:出涕沱若。戚嗟若。吉。
書き下し文:涕(てい)を出(いだ)すこと沱若(たじゃく)たり。戚(せき)嗟(さ)すること若(じゃく)たり。吉(きち)。
現代語訳:涙をはらはらと流し、憂い嘆き悲しむ。しかし、その真心からの感情は、最終的には吉となる。
ポイント解説:
君主の位にありながら、困難や悲しみに直面し、涙を流し、深く憂い嘆いている姿です。しかし、この涙や嘆きは、自己中心的で感情的なものではなく、むしろ周囲の状況や人々の苦しみを深く憂慮し、真心を込めて事態の改善を願う、誠実な心の現れです。このような純粋で深い共感や憂慮の心は、やがて人々の心を動かし、状況を好転させ、最終的には良い結果(吉)をもたらします。真心からの涙は、決して無駄にはなりません。
上九(じょうきゅう):
王(おう)用(もっ)て出(い)でて征(せい)す。嘉(よみ)する有り。首(こうべ)を折り、其(そ)の醜(しゅう)に匪(あら)ざるを獲(う)。咎(とが)なし。
原文:王用出征。有嘉折首。獲匪其醜。无咎。
書き下し文:王(おう)用(もっ)て出(い)でて征(せい)す。嘉(か)する有(あ)り。首(しゅ)を折り、其(そ)の醜(しゅう)に匪(あら)ざるを獲(う)。咎(とが)なし。
現代語訳:王が自ら出陣して征伐を行う。賞賛すべきことがある。悪の首謀者を討ち取り、その一味ではない者は捕らえて許す。そうすれば咎めはない。
ポイント解説:
「離」の時の最終段階。王(指導者)が、その明知と決断力をもって、社会の悪や不正(征すべきもの)に対して断固たる処置を行う時です。その際、賞賛されるべきは(嘉する有り)、単に力で制圧するのではなく、悪の根源(首を折り)を断ち、それに盲従していただけで本質的には悪くない者(其の醜に匪ざる)は寛大に許し、受け入れる(獲う)という、賢明で公正なやり方です。このような正義と慈愛に基づいた断固たる行動は、咎めなく、社会に真の平和と秩序をもたらします。
大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文):象曰。明兩作、離。大人以繼明照于四方。
書き下し文:象(しょう)に曰(いわ)く、明(めい)両(ふた)つ作(おこ)るは離(り)なり。大人(たいじん)以(もっ)て明(めい)を繼(つ)ぎて四方(しほう)を照(て)らす。
現代語訳:象伝は言う。明るさが二つ重なって生じるのが離の形である。徳の高い大人(たいじん)はこれに倣(なら)い、その明知の光を受け継ぎ、さらに輝かせ、世の中の隅々まで照らし出す。
ポイント解説:
二つの火(離)が重なり、その明るさが倍増するのが「離」の象徴です。これを見た大人(たいじん)、すなわち徳の高い指導者や賢者は、まず自分自身が先人の知恵や真理の光(明)を受け継ぎ、それをさらに発展させ(明を繼ぎて)、その輝きを自分のためだけでなく、社会全体、世界の隅々(四方)にまで及ぼし、人々を啓蒙し、導いていく(四方を照らす)ことの重要性を学びます。これは、知識や徳を独り占めせず、広く分かち合い、社会全体の向上に貢献するという、崇高な使命感を表しています。
【むすび】
離為火の卦は、わたしたちが内なる「知恵と情熱の光」をいかに輝かせ、それをどのように世界と調和させていくかという、美しくも力強い智慧を授けてくれます。
離為火の時は、わたしたちの知性と情熱が試され、そして磨かれる時です。内なる誠実さと、他者への思いやり、そして正しいものに依り頼む謙虚さを忘れずに、わたしたち自身の「心の炎」を美しく燃え盛らせていきましょう。その光は、必ずやわたしたち自身の道を照らし、そして周りの世界をも温かく照らし出し、素晴らしい未来を創造していく力となるのです。
