【易経】第21卦「火雷噬嗑(からいぜいごう)」– 障害を噛み砕き、決断をもって道を切り拓く力

1. 卦象(かしょう): ䷔
2. 名称(めいしょう): 火雷噬嗑(からいぜいこう)
3. 【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):離(り) – 火、麗(つく)、明知、稲妻、法律
下卦(かか):震(しん) – 雷、動く、奮い立つ、長男、威力
全体のイメージ:下にある雷(震)が力強く動き、その上に明るく照らし出す火(離、稲妻の象徴でもある)が輝いている。この「火雷噬嗑」の姿は、まるで雷鳴が轟き、稲妻が闇を切り裂くように、障害や不正に対して、明確な判断(火の明知)と力強い決断(雷の威力)をもって臨む様を象徴しています。「噬嗑」とは、上下の顎(陽爻)の間に障害物(陰爻の六三、あるいは陽爻の九四)があり、それをしっかりと噛み砕いて取り除く、という意味です。 これは、単に物理的な障害だけでなく、人間関係のもつれ、組織内の不正、あるいは自分自身の内なる迷いや悪習といった、あらゆる「滞りの原因」を断ち切り、問題を解決し、秩序を回復するための、断固たる行動が求められる時を示しています。
1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文):噬嗑。亨。利用獄。
書き下し文: 噬嗑(ぜいこう)は亨(とお)る。獄(ごく)を用(もち)うるに利(よろ)し。
現代語訳:噬嗑(障害を噛み砕くこと)は、願いは通る。法律や刑罰(獄)を用いて、問題を正しく裁き、解決するのが良い。
ポイント解説:
この卦辞は、「噬嗑」すなわち障害物を断固として取り除く行為が、最終的には物事を良い方向へ導き、願いを成就させる(亨る)ことを示しています。そして、「獄を用うるに利し」とは、問題を解決するためには、時には法律や規律といった明確な基準(獄)に基づいて、厳正な判断や処置を施すことが有効である、という意味です。これは、情に流されたり、問題を曖昧にしたりするのではなく、公正な裁きと断固たる決断をもって臨むことの重要性を教えています。
2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初九(しょきゅう):
履(くつ)校(あしかせ)して趾(あし)を滅(けっ)す。咎(とが)なし。
原文:屨校滅趾。无咎。
書き下し文:履校(りこう)して趾(し)を滅(めっ)す。咎(とが)なし。
現代語訳:足枷(あしかせ)をはめられ、足の指が見えなくなるほどである。(軽い罰を受けて、悪の道に進むのを未然に防ぐので)咎めはない。
ポイント解説:
「噬嗑」の始まり。まだ罪や障害が小さいうちに、軽い罰(足枷)によってその進行を食い止めることを示しています。これは、大きな問題に発展する前に、初期の段階で適切に対処することの重要性を示唆しています。早期の懲らしめや警告は、本人にとっても、結果的には更生の良い機会となり、大きな咎めを避けることに繋がります。
六二(りくじ):
膚(はだえ)を噬(か)み鼻(はな)を滅(けっ)す。咎(とが)なし。
原文:噬膚滅鼻。无咎。
書き下し文:膚(ふ)を噬(か)み鼻(び)を滅(めっ)す。咎(とが)なし。
現代語訳:柔らかい皮膚を噛み、鼻まで深く食い込むほどである。(悪が浅いうちに厳しく対処するので)咎めはない。
ポイント解説:
初九よりも少し進んだ段階ですが、まだ問題はそれほど根深くありません。柔らかい皮膚を噛むように、比較的容易に、しかし深く(鼻を滅すほど)悪の根源にまで踏み込んで処断することを示します。問題が浅いうちに、断固として、しかし適切に対処すれば、咎めなく解決できます。
六三(りくさん):
臘肉(せきにく)を噬(か)み、毒(どく)に遇(あ)う。小(すこ)しく吝(りん)なれども、咎(とが)なし。
原文:噬臘肉、遇毒。小吝、无咎。
書き下し文:臘肉(せきにく)を噬(か)み、毒(どく)に遇(あ)う。小(すこ)しく吝(りん)なれども、咎(とが)なし。
現代語訳:古い干し肉を噛んで、毒にあたってしまう。多少の困難や不快な思いはするが、大きな咎めはない。
ポイント解説:
この爻は、噛み砕くべき障害が、古くからのものであり、しかも質が悪い(臘肉)ため、それを処理する際に思わぬ困難や反発(毒に遇う)に遭遇することを示しています。多少の骨折りや不快な経験(小しく吝)は伴いますが、それでも正義のために行動するならば、最終的に大きな咎めはありません。根深い問題に取り組む際の困難さと、それでも立ち向かうことの意義を示唆しています。
九四(きゅうし):
乾胏(かんし)を噬(か)み、金矢(きんし)を得(う)。艱(くるし)みて貞(てい)に利(よろ)し。吉(きち)。
原文:噬乾胏、得金矢。利艱貞。吉。
書き下し文:乾胏(かんし)を噬(か)み、金矢(きんし)を得(う)。艱(くるし)みて貞(ただ)しきに利(よろ)し。吉(きち)。
現代語訳:骨付きの干し肉のような硬いものを噛み砕き、その中から金属の矢じり(貴重なもの)を得る。困難な中でも正しい道を守り続けることが大切であり、そうすれば吉である。
ポイント解説:
非常に困難で骨の折れる障害(乾胏)に立ち向かう時です。しかし、それを断固として噛み砕き、解決しようと努力するならば、その困難の中から思わぬ貴重な発見や利益(金矢を得)を手にすることができます。この過程は苦労を伴いますが(艱みて)、正しい道を守り通す(貞に利し)ことで、最終的には必ず良い結果(吉)が得られます。困難な挑戦の中にこそ、大きな価値が眠っていることを教えています。
六五(りくご):
乾肉(かんにく)を噬(か)み、黄金(おうごん)を得(う)。貞(てい)にして厲(あやう)うけれども、咎(とが)なし。
原文:噬乾肉、得黄金。貞厲、无咎。
書き下し文:乾肉(かんにく)を噬(か)み、黄金(おうごん)を得(う)。貞(てい)にして厲(あやう)うけれども、咎(とが)なし。
現代語訳:干し肉を噛み砕き、その中から黄金を得る。正しい道を守っていても危うさが伴うが、咎めはない。
ポイント解説:
九四よりはやや容易ですが、それでも骨の折れる問題(乾肉)に取り組む状況です。それを解決することで、大きな価値(黄金を得)を手にすることができます。ただし、この爻は柔順な陰爻が君主の位にあり、力不足の面もあるため、正しい道を守っていても(貞にして)、危うさ(厲うけれども)が伴います。しかし、慎重に進めば、大きな咎めはありません。自分の力量をわきまえつつ、賢明に対処することが求められます。
上九(じょうきゅう):
何校(かこう)して耳(みみ)を滅(けっ)す。凶(きょう)。
原文:何校滅耳。凶。
書き下し文:何校(かこう)して耳(じ)を滅(めっ)す。凶(きょう)。
現代語訳:首枷(くびかせ)をはめられ、耳まで覆われてしまう。凶である。
ポイント解説:
「噬嗑」の時が行き過ぎてしまった最終段階。もはや人の忠告や意見(耳)も聞こえないほど、頑固で独善的な状態に陥り、重い罰(首枷)を受けてしまうことを示しています。これは、正義を履き違えたり、あまりにも厳格すぎたり、あるいは自分の過ちに気づかなかったりした結果かもしれません。人の意見に耳を貸さず、独りよがりになることの危険性を強く警告しています。非常に厳しい凶運です。
3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文):象曰。雷電噬嗑。先王以明罰敕法。
書き下し文:象(しょう)に曰(いわ)く、雷電(らいでん)は噬嗑(ぜいこう)なり。先王(せんのう)以(もっ)て罰(ばつ)を明(あきら)かにし法(ほう)を敕(いまし)む。
現代語訳:象伝は言う。雷と稲妻が合わさって障害物を噛み砕くのが噬嗑の形である。古代の賢王たちはこれに倣(なら)い、刑罰を明らかにし、法律を整備して人々に戒めを示した。
ポイント解説:
雷の威力(震)と稲妻の光明(離)が合わさることで、障害物を断ち切り、物事を明らかにするのが「噬嗑」の象徴です。これを見た古代の賢王たちは、社会の秩序を維持するために、刑罰の基準を明確にし(罰を明らかに)、法律を整えて人々に示す(法を敕む)ことの重要性を学びました。これは、公正かつ透明なルールに基づいて問題を解決し、社会全体の調和と安寧を守るための、為政者の大切な役割を示しています。
4. 【むすび】
火雷噬嗑の卦は、わたしたちが人生で遭遇する様々な「障害」や「不正」、「滞り」に対して、いかにして勇気と知恵をもって立ち向かい、それを乗り越えていくかという、力強いメッセージを秘めています。
火雷噬嗑の時は、わたしたちの決断力、行動力、そして正義感が試される時です。しかし、この卦は同時に、障害を乗り越えた先には必ず「亨(とおる)」という明るい未来が待っていることも約束してくれています。勇気と知恵をもって、わたしたちの道を阻むものを「噬嗑」し、スッキリとした心で、新たなステージへと進んでいきましょう!
