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【易経】第33卦「天山遯(てんざんとん)」– 賢明に退き、時を待ち、内なる力を養う智慧

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【易経】第33卦「天山遯(てんざんとん)」– 賢明に退き、時を待ち、内なる力を養う智慧


1. 卦象(かしょう):

2. 名称(めいしょう): 天山遯(てんざんとん)

3.【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):乾(けん) – 天、創造、剛健、父性、君主
下卦(かか):艮(ごん) – 山、止まる、篤実、少男、静止
全体のイメージ: 下にあるどっしりとした山(艮)が、その行く手を遮るかのように静止し、上にある天(乾)は、その影響を避けるように、さらに高く遠ざかろうとしている。この「天山遯」の姿は、まるで賢者が世の喧騒や好ましくない状況から距離を置き、山奥に隠遁(いんとん)する様を象徴しています。「遯」という文字は、「豚(ぶた)」が隠れる様子から来ており、「逃れる」「退く」「隠れる」といった意味合いを持ちます。 この卦では、下の陰爻(初六、六二)が次第に力を増し、陽の勢いが衰え始める兆しが見られます。このような時は、無理に陽の力で対抗しようとするのではなく、賢明に退き、距離を置き、自らのエネルギーと品位を保ちながら、時勢の変化を待つことの重要性を示唆しています。これは、敗北ではなく、戦略的な「退避」であり、次なる飛躍への準備期間なのです。

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卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ

原文(漢文):遯。亨。小利貞。

書き下し文:遯(とん)は亨(とお)る。小(しょう)は貞(ただ)しきに利(よろ)し。

現代語訳:遯(退き隠れること)は、(最終的には)願いは通る。ただし、小さな事においては正しい道を守ることが大切である(あるいは、小人にとっては正しく退くことが利益となる)。

ポイント解説:
この卦辞は、「遯(退くこと)」が、それ自体はネガティブな行為ではなく、適切に行われるならば、最終的な成功(亨る)に繋がることを示しています。「小利貞」という言葉は、いくつかの解釈がありますが、一般的には、退くという大きな行動の中にあっても、日常の小さな事柄においては正しい道(貞)を守り続けることが大切である、あるいは、大きな勢力(陽)が退く中で、小さな勢力(陰)がその正しさを保つならば利益がある、といった意味合いです。いずれにしても、退くという行為が、無秩序な逃走ではなく、品位と正しさを伴うものであるべきことを強調しています。

爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語

初六(しょりく):

遯(とん)の尾(お)。厲(あやう)し。往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)るに用(もち)うる勿(なか)れ。

原文:遯尾。厲。勿用有攸往。

書き下し文:遯(とん)の尾(び)。厲(あやう)し。往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)るに用(もち)うる勿(なか)れ。

現代語訳:退却する際に、一番最後尾にいて危険が迫っている。積極的にどこかへ進んで行こうとしてはならない。

ポイント解説:
「遯」の始まり。退却する集団の最後尾(遯の尾)にいて、追っ手や危険がすぐそこまで迫っている、非常に危うい状況です。このような時は、無理に新たな行動を起こしたり、どこかへ進もうとしたり(往く攸有るに用うる勿れ)すべきではありません。まずは身の安全を確保し、静かに危険が過ぎ去るのを待つことが最優先です。

六二(りくじ):

之(これ)を執(とら)うるに黄牛(こうぎゅう)の革(かわ)を用(もち)う。之(これ)を説(と)くこと能(あた)う莫(な)し。

原文:執之用黄牛之革。莫之勝説。

書き下し文:之(これ)を執(と)るに黄牛(こうぎゅう)の革(かく)を用(もち)う。之(これ)を説(と)くこと勝(あた)う莫(な)し。

現代語訳:退こうとする意志を、黄色い牛の革のように強固なもので固く守る。誰もそれを解き放つことはできない。

ポイント解説:
退くという決意が非常に固い状態です。「黄牛の革」は、非常に丈夫で解きにくいものの象徴であり、ここでは退くという意志の強固さを表しています。一度退くと決めたならば、周囲の誘惑や引き止めに負けず、その決意を貫き通すことの重要性を示しています。その固い意志は、誰にも妨げられません。

九三(きゅうさん):

遯(とん)に係(かか)わる。疾(やまい)有(あ)りて厲(あやう)し。臣妾(しんしょう)を畜(やしな)えば吉(きち)。

原文:係遯。有疾厲。畜臣妾吉。

書き下し文:遯(とん)に係(かか)わる。疾(しつ)有(あ)りて厲(あやう)し。臣妾(しんしょう)を畜(やしな)えば吉(きち)。

現代語訳:退くべき時に、下にいる者たち(陰爻)との関係に引かれて、なかなか退ききれない。それは病であり危険である。しかし、家臣や召使い(自分を頼る人々)を養い、面倒を見るならば吉である。

ポイント解説:
退くべき時(遯)であるにもかかわらず、下の陰爻たち(臣妾)との情愛や責任感に引かれ、スムーズに退くことができない(係わる)状態です。この未練や執着は、心身の病(疾有りて厲し)を引き起こす危険性も孕んでいます。しかし、それでもなお、自分を頼ってくる人々を見捨てず、その面倒を見る(臣妾を畜えば)という責任を果たすならば、その行いは吉とされます。困難な中でも、人間的な情愛や責任を全うすることの尊さを示唆しています。

九四(きゅうし):

好(よ)く遯(のが)る。君子(くんし)は吉(きち)、小人(しょうじん)は否(しから)ず。

原文:好遯。君子吉、小人否。

書き下し文:好(よ)く遯(のが)る。君子(くんし)は吉(きち)、小人(しょうじん)は否(しから)ず。

現代語訳:好んで、潔く退く。君子(徳の高い人)にとっては吉であるが、徳の低い小人物にはそうはいかない。

ポイント解説:
この爻は、退くべき時を正しく判断し、私心なく、潔く退く(好く遯る)ことができる、賢明な君子の姿です。そのような君子にとっては、この退避は決してマイナスではなく、むしろ将来への発展に繋がる吉となります。しかし、徳の低い小人物は、退くべき時に退くことができず、私利私欲に囚われて状況を悪化させてしまうため、吉とはなりません。退くという行為にも、その人の徳性が現れるのです。

九五(きゅうご):

嘉(よ)く遯(のが)る。貞(てい)なれば吉(きち)。

原文:嘉遯。貞吉。

書き下し文:嘉(か)く遯(のが)る。貞(てい)なれば吉(きち)。

現代語訳:賞賛されるべき、見事な退き方をする。正しい道を守れば吉である。

ポイント解説:
君主の位にありながら、退くべき時と判断すれば、それを非常に見事に、そして賞賛されるべき形で実行(嘉く遯る)します。その退き方は、決して無責任なものではなく、後進に道を譲ったり、より大きな善のために身を引いたりするような、徳の高い行為です。このような正しい道(貞)に基づいた賢明な退避は、必ずや良い結果(吉)をもたらします。

上九(じょうきゅう):

肥遯(ひとん)。利(よろ)しからざるなし。

原文:肥遯。无不利。

書き下し文:肥遯(ひとん)す。利(よろ)しからざるなし。

現代語訳:ゆったりと、余裕をもって退き隠れる。何事においても不利益なことはない。

ポイント解説:
「遯」の時の最終段階。もはや世俗の喧騒から完全に離れ、心身ともにゆったりと、余裕綽々(綽々)たる様子で隠遁(肥遯)している、理想的な境地です。何のわだかまりもなく、完全に自由で、何ものにも束縛されない。このような心境で退くならば、どんなことにおいても不利益はなく(利しからざるなし)、真の安らぎと自由を享受できるでしょう。これぞ、賢者の究極の退き方です。

大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方

原文(漢文):象曰。天下有山、遯。君子以遠小人、不惡而嚴。

書き下し文:象(しょう)に曰(いわ)く、天(てん)の下(した)に山(やま)有(あ)るは遯(とん)なり。君子(くんし)以(もっ)て小人(しょうじん)を遠(とお)ざけ、惡(にく)まずして嚴(げん)なり。

現代語訳:象伝は言う。天の下に山があり、世俗から離れて隠れているのが遯の形である。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、徳の低い小人物を遠ざけるが、それは憎しみからではなく、厳格な態度で品位を保つことによる。

ポイント解説:
天(乾)がはるか上にあり、その下に山(艮)がどっしりと存在し、世俗から距離を置いている。これが「遯」の象徴です。これを見た君子は、徳の低い小人物(小人)や、自分にとって好ましくない影響を与えるものからは、賢明に距離を置きます(小人を遠ざけ)。しかし、それは決して相手を憎んだり、軽蔑したりする(惡まずして)からではありません。むしろ、自分自身の品位や徳性を厳格に保ち(嚴なり)、毅然とした態度で接することで、自然と相手を遠ざけ、自己を守るのです。内なる品位と、他者との適切な距離感の重要性を示しています。

【むすび】

天山遯の卦は、わたしたちが人生の様々な局面で、いかにして「退く」という行為を、成長と自己保存のための積極的で賢明な選択として捉え、実践していくかという、深い智慧を授けてくれます。

天山遯の時は、わたしたちの賢明さ、決断力、そして内なる品位が試される時です。しかし、この「退く」という行為を、自己保存と未来への準備のための積極的な戦略として捉え、それを美しく、そして潔く実践することができたなら、わたしたちは必ずやその困難な時期を乗り越え、より強く、より賢く、そしてより自由に、人生を歩んでいくことができるでしょう。

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