〜心と体を一つにし、曇りのない「鏡」を磨く〜
1. 原文(漢文)
載營魄抱一,能無離乎? 專氣致柔,能嬰兒乎? 滌除玄覽,能無疵乎?
愛民治國,能無為乎? 天門開闔,能為雌乎? 明白四達,能無知乎?
生之畜之,生而不有,為而不恃,長而不宰,是謂玄德。
2. 書き下し文
営魄(えいはく)を載(の)せて一(いつ)を抱(いだ)き、能(よ)く離(はな)れざらんか? 気(き)を専(もっぱ)らにし柔(じゅう)を致(いた)して、能く嬰児(えいじ)ならんか? 玄覧(げんらん)を滌除(てきじょ)して、能く疵(きず)無(な)からんか?
民(たみ)を愛(あい)し国(くに)を治(おさ)めて、能く無為(むい)ならんか? 天門(てんもん)開闔(かいこう)して、能く雌(し)ならんか? 明白(めいはく)四達(したつ)して、能く無知(むち)ならんか?
之(これ)を生(しょう)じ之を畜(やしな)い、生じて有(ゆう)せず、為(な)して恃(たの)まず、長(ちょう)として宰(さい)せず。是(これ)を玄徳(げんとく)と謂(い)う。
3. 現代語訳
(老子からの6つの問いかけ)
- 精神と肉体をしっかりと一体化させ、片時も離れないでいられますか?
- 「気(生命エネルギー)」を集中させて、赤ん坊のように柔軟な心身になれますか?
- 心の奥底にある鏡(玄覧)をきれいに洗い清めて、一点の曇り(バイアスや偏見)もない状態にできますか?
- 人々を愛し国を治めながら、作為的な干渉をせず「無為」でいられますか?
- 天の門(感覚器官や万物の出入り口)が開いたり閉じたりする際、受容的な女性(雌)のように静かにしていられますか?
- あらゆることを明晰に見通していながら、小賢しい知恵を使わずに(無知のように)いられますか?
(これらができるならば) 万物を生み出して育てておきながら、それを自分の所有物とはせず、 何かを成し遂げても、その能力を頼みとせず(恩着せがましくせず)、 長(おさ)となっても、人々を支配しようとはしない。 これこそが、奥深く神秘的な徳、「玄徳(げんとく)」と言うのです。
4. ポイント解説
第十章は、私たちが迷いを捨て、澄み切った状態で人生を歩むための「浄化」の教えです。
誰にとっても共通する、人生の質を劇的に高める3つのトレーニングは以下の通りです。
① 「今、ここ」に心身を統一する(マインドフルネス)
冒頭の「営魄を載せて一を抱く」は、まさに現代のマインドフルネスです。 食事をしているのにスマホを見て仕事のことを考える。これでは「分離」しています。 「益々よくなる」ための第一歩は、エネルギー漏れを防ぐことです。 「今、歩いている」「今、呼吸している」。 動作と意識を一つに重ね合わせること。この「抱一(ほういつ)」の状態こそが、あなたの集中力と直感力を最大化させます。
② 「心の鏡」を毎日拭く(バイアスの除去)
「玄覧を滌除して(心の鏡を洗って)」という言葉は非常に重要です。 私たちは、世界をありのままに見ているつもりで、実は「過去の経験」や「思い込み」という曇ったレンズ越しに見ています。 「あの人はきっとこうだ」「どうせ失敗する」といった曇り(疵)があると、チャンスを見逃し、危険に気づけません。
毎日、自分の心にある「決めつけ」を拭き取ってください。 常にフラットで透明な視点を持つこと。そうすれば、物事の本質(相場の動きや人の真意)が、鏡に映るように手に取るように分かるようになります。
③ 「育てて、手放す」親心を持つ(玄徳)
最後の「生じて有せず(生み出しても所有しない)」は、あらゆる人間関係やプロジェクトに当てはまる黄金律です。 部下を育てた、子供を育てた、作品を作った。そうすると「これは私のものだ」「言うことを聞け」と支配(宰)したくなります。しかし、それが不幸の始まりです。
「益々よくなる」人は、執着しません。 「精一杯育てた。あとは君の自由だ」。 愛情を持って関わるけれど、相手をコントロールしない。この「玄徳(奥ゆかしい徳)」を持てるようになると、あなたの周りからは争いが消え、自発的に協力してくれる味方だけが残ります。

