「地天泰(ちてんたい)」– 天地和合し、万物通じる

1. 卦象: ䷊
2. 名称: 地天泰(ちてんたい)
3. 【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):坤(こん) – 地、受容、柔順、母性、大衆
下卦(かか):乾(けん) – 天、創造、剛健、父性、君主
全体のイメージ: 下に力強く創造的な天(乾)があり、その上に受容的で柔順な地(坤)が位置しています。自然の摂理では、天の陽の気は上昇し、地の陰の気は下降する傾向があります。この「地天泰」の形では、下にある天のエネルギーが自然と上にある地へと昇り、上の地のエネルギーが下にある天へと降りてこようとするため、天地の気が活発に交わり、万物が生成され、調和し、通じ合う、理想的な状態を象徴しています。「泰」という文字は、「安泰」「泰平」を意味し、全てが順調で、平和で、豊かな実りに恵まれる時を示します。 これは、例えば、君主(天)が下にいて民(地)の声に耳を傾け、民もまた君主を信頼し従うことで国が栄える様や、あるいはわたしたち個人の内面において、精神(天)と身体(地)、あるいは理想(天)と現実(地)が調和し、充実した状態にあることを表しています。
4.1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ
原文(漢文): 泰。小往大來。吉亨。
書き下し文:泰(たい)は小(しょう)往(ゆ)き大(だい)来(きた)る。吉(きち)にして亨(とお)る。
現代語訳: 泰の時は、小さなもの(陰や悪いもの)が去り、大きなもの(陽や良いもの)がやって来る。非常に吉であり、願いは通る。
ポイント解説:
この卦辞は、極めて明快に「泰」の時の幸運を告げています。「小往き大来る」とは、陰の気や障害、不和といったネガティブなものが去り、陽の気やチャンス、調和といったポジティブなものが到来し、満ち溢れてくる様を表します。このような時は、何事もスムーズに進展し(亨る)、大きな吉運(吉)に恵まれます。あらゆる努力が実を結び、心からの安らぎと喜びを享受できる、素晴らしい時期です。
4.2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初爻:
茅(ちがや)を抜(ぬ)くに茹(じょ)たり。其(そ)の彙(るい)を以(もっ)てす。征(ゆ)けば吉(きち)。**
原文:拔茅茹、以其彙。征吉。
書き下し文:茅(ぼう)を抜(ぬ)くに茹(じょ)たり。其(そ)の彙(い)を以(もっ)てす。征(ゆ)けば吉(きち)。
現代語訳:茅(ちがや)の根を引き抜くと、他の根も一緒になってぞろぞろと抜けてくる。その仲間と共に進んでいけば吉である。
ポイント解説:
「泰」の時の始まり。物事を始めるにあたって、一つの良い行動(茅を抜く)が、自然と他の良い行動や仲間(其の彙)を引き寄せ、共に前進していく様を示しています。志を同じくする仲間たちと協力し合い、積極的に行動を起こす(征けば)ことで、良い結果(吉)が得られます。団結と共同作業の重要性を示唆しています。
二爻:
荒(こう)を包(つつ)み、馮河(ひょうが)を用(もち)い、遐(か)を遺(わす)れず、朋(とも)亡(ほろ)ぶ。中行(ちゅうこう)を尚(たっと)ぶを得(う)。
原文:包荒、用馮河、不遐遺、朋亡。得尚于中行。
書き下し文:荒(こう)を包(ほう)し、馮河(ひょうが)を用(もち)い、遐(か)を遺(わす)れず、朋(ほう)亡(ほろ)ぶ。中行(ちゅうこう)を尚(たっと)ぶを得(う)。
現代語訳:未開墾の地(荒れたもの)をも包容し、危険な川を徒歩で渡るような勇気を持ち、遠くにあるものも見捨てず、私的な仲間意識に溺れることがない。そうすれば、中正の道を行う者として尊敬を得る。
ポイント解説:
この爻は、泰の時におけるリーダーの理想的な姿の一つを描いています。度量が広く、未熟なものや異質なもの(荒)をも受け入れる包容力。困難に果敢に挑戦する勇気(馮河を用い)。遠くのことまで配慮を怠らない視野の広さ(遐を遺れず)。そして、個人的な派閥やえこひいき(朋亡ぶ)をしない公平さ。これらの徳を備え、常に中正の道(中行)を重んじることで、人々からの尊敬と信頼を得て、泰平の世を維持することができます。
三爻:
平(たい)らかならざるなし陂(かたむ)かざるなし、往(ゆ)きて復(かえ)らざるなし。艱(くるし)みて貞(てい)なれば咎(とが)なし。其(そ)の孚(まこと)を恤(うれ)うること勿(なか)れ、食(しょく)に于(おい)て福(ふく)有(あ)らん。**
原文:无平不陂、无往不復。艱貞无咎。勿恤其孚、于食有福。
書き下し文:平(たい)らかなること陂(かたむ)かざるはなく、往(ゆ)きて復(かえ)らざるはなし。艱(くるし)みて貞(ただ)しければ咎(とが)なし。其(そ)の孚(まこと)を恤(うれ)うること勿(なか)れ、食(しょく)に于(おい)て福(さいわい)有(あ)らん。
現代語訳:平らな道もいつかは傾き、行ったきりで帰ってこないものはない(万物は変化し循環する)。困難な中にあっても正しい道を守れば咎めはない。自分の誠実さを疑うことなく信じ続ければ、食禄(生活の安定)において福があるだろう。
ポイント解説:
泰平の時も永遠には続かず、必ず変化が訪れる(平らかならざるなし陂かざるなし、往きて復らざるなし)という宇宙の真理を示しています。好調な時こそ、将来の困難に備え、正しい道(貞)を固く守ることが重要です。そうすれば、たとえ困難な状況(艱みて)に陥っても、咎めはありません。自分自身の誠実さ(其の孚)を信じ、心配することなく(恤うること勿れ)、日々の務めに励んでいれば、生活の安定(食に于て福有らん)は必ず得られます。変化を恐れず、誠実に備えることの大切さを教えています。
四爻:
翩翩(へんぺん)として富(とみ)によらず、其(そ)の鄰(となり)と以(とも)にし、孚(まこと)に以(もっ)て戒(いまし)めず。
原文:翩翩不富、以其鄰、不戒以孚。
書き下し文:翩翩(へんぺん)として富(と)めらざるも、其(そ)の鄰(となり)と以(とも)にし、戒(いまし)めずして孚(まこと)あり。
現代語訳:ひらひらと舞い降りるように、富を誇示することなく、隣人たちと共にあり、互いに警戒心を持つことなく誠実さで交わる。
ポイント解説:
泰平の世において、上の立場にある者(陰爻だが陽位に近い)が、富や権力を笠に着ることなく(富めらざるも)、むしろ軽やかに、謙虚に、周囲の人々(其の鄰)と心を通わせ、誠実さ(孚あり)をもって、何の警戒心も抱かせずに(戒めずして)交わっている美しい姿です。このような自然体で誠実なあり方が、周囲との調和を保ち、泰平を持続させる秘訣であることを示しています。
五爻:
帝乙(ていいつ)妹(いもうと)を帰(とつ)がす。以(もっ)て祉(さいわい)あり元吉(げんきつ)。
原文:帝乙歸妹。以祉元吉。
書き下し文:帝乙(ていいつ)妹(まい)を帰(き)す。以(もっ)て祉(さいわい)あり元(おお)いに吉(きち)。
現代語訳:殷の帝乙が妹を(周の文王に)嫁がせた。これによって幸福があり、この上なく素晴らしい吉である。
ポイント解説:
この爻は、歴史上の故事(帝乙が妹を、徳の高い周の文王に嫁がせたこと)を引き合いに出し、泰平の世における最も理想的な人間関係や、国家間の友好のあり方を示しています。身分の高い者が、謙虚に、そして相手の徳を重んじて、誠意をもって交わる(妹を帰す)ことで、大きな幸福(祉あり)と、この上ない吉運(元吉)がもたらされるのです。これは、個人間の結婚だけでなく、組織や国家間の同盟など、あらゆるレベルでの調和的な結びつきの重要性を示唆しています。
上爻:
城(しろ)隍(ほり)に復(かえ)る。師(いくさ)を用(もち)うる勿(なか)れ。邑(ゆう)より命(めい)を告(つ)ぐ。貞(てい)なれども吝(りん)。**
原文:城復于隍。勿用師。自邑告命。貞吝。
書き下し文:城(じょう)隍(こう)に復(かえ)る。師(し)を用(もち)うる勿(なか)れ。邑(ゆう)より命(めい)を告(つ)ぐ。貞(てい)なれども吝(りん)。
現代語訳:城壁が崩れて堀に戻ってしまう(泰平が終わり、乱世の兆しが見える)。もはや軍隊を用いるべきではない。自分の町から静かに命令を伝えるのが良い。正しい道を守っていても、困難や恥辱が伴う。
ポイント解説:
泰平の時(泰)が極まり、その終わりを告げる爻です。堅固だった城壁が崩れ、元の堀に戻ってしまうように、安定した秩序が失われ、混乱の兆しが見え始めています。このような時は、もはや武力(師を用うる勿れ)で事態を収拾しようとしても無駄です。むしろ、自分の足元(邑より)から、静かに、しかし確固たる意志をもって、正しい道(命)を伝え、小さな範囲から秩序を回復していくべきです。正しい道を守ろうとしても(貞なれども)、厳しい状況であり、困難や恥辱(吝)を伴うことを覚悟しなければなりません。泰平の後の衰退期への戒めです。
4.3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文): 象曰。天地交、泰。后以財成天地之道、輔相天地之宜、以左右民。
書き下し文: 象(しょう)に曰(いわ)く、天地(てんち)交(まじ)わるは泰(たい)なり。后(きみ)以(もっ)て天地(てんち)の道(みち)を財成(さいせい)し、天地(てんち)の宜(ぎ)を輔相(ほしょう)し、以(もっ)て民(たみ)を左右(さゆう)す。
現代語訳:象伝は言う。天と地が交わり、気が通じ合っているのが泰の形である。君主(后)はこれに倣(なら)い、天地自然の道理に従って物事を整え完成させ、天地自然の恵みや調和を助け補い、それによって民衆を導き、その生活を安定させる。
ポイント解説:
天の気が下に降り、地の気が上に昇って交わることで、万物が生成され調和するのが「泰」の理想的な状態です。これを見た君主(后)は、決して自然の道理に逆らうことなく、むしろ天地の法則(天地の道)に従って万物を整え、完成させ(財成し)、自然がもたらす恵みや調和(天地の宜)を助け、補い(輔相し)、そしてそのようにして民衆の生活を安定させ、正しく導く(民を左右す)のです。これは、リーダーが自然の摂理を深く理解し、それに沿って社会を運営し、人々の幸福を最大限に引き出すための、最高の統治のあり方を示しています。
5. むすび
地天泰の卦は、わたしたちの人生における「調和」「安定」「繁栄」そして「幸福」の実現について、深く温かい智慧を授けてくれます。
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- 1. 「天地交わる」ように、内と外、理想と現実の調和を目指そう:
わたしたちの内なる世界(理想、精神、感情)と、外側の世界(現実、行動、人間関係)が、まるで天と地のように活発に交流し、調和している状態。それこそが「泰」の境地です。自分の心に正直に、そして現実にも柔軟に対応しながら、その二つの世界のバランスを大切に育んでいきましょう。夢見るだけでなく行動し、行動するだけでなく内省する。その往復運動が、わたしたちを「益々よく」してくれます。 - 2. 「先王は万国を建て、諸侯を親しむ」 – あなたの周りに、調和と協力の輪を広げよう: 大象伝が示すように、真の泰平は、多様な人々や組織が、それぞれの個性を活かしながら、互いに尊重し合い、親しく協力し合うことから生まれます。わたしたちも、家庭で、職場で、地域社会で、まずは自分から心を開き、相手を理解しようと努め、温かいコミュニケーションを心がけることで、小さな「泰」の輪を広げていくことができるのではないでしょうか。その一つひとつの輪が、やがて大きな調和のエネルギーを生み出します。
- 1. 「天地交わる」ように、内と外、理想と現実の調和を目指そう:
地天泰の時は、わたしたちの努力が実を結び、心からの安らぎと喜びを享受できる、まさに至福の時です。しかし、その平和と調和は、決して永遠に続くものではありません(上六の戒め)。この素晴らしい時への感謝を忘れず、そしてこの調和をできる限り長く維持するために、わたしたち自身もまた、日々心を整え、他者と協調し積極的な努力を続けていくことが大切なのです。
