【易】第18卦「山風蠱(さんぷうこ)」– 事の破れを繕い、新たな創造へと向かう時

1. 卦象(かしょう): ䷑
2. 名称(めいしょう): 山風蠱(さんぷうこ)
3. 【この卦のメッセージ】
上卦(じょうか):艮(ごん) – 山、止まる、篤実、少男
下卦(かか):巽(そん) – 風、木、入る、従順、長女 *
全体のイメージ: どっしりと動かない山(艮)の下を、従順な風(巽)が吹き抜けることもできず、淀んでしまう。この「山風蠱」の姿は、物事が停滞し、旧弊が積み重なり、腐敗や混乱が生じている状況を象徴しています。「蠱」という文字は、器の中に虫が湧く様を表し、まさに事が内側から破れ、乱れている状態を示唆します。 しかし、この卦は単に困難な状況を指し示すだけではありません。むしろ、その「破れ」や「乱れ」を正し、新たな秩序や活力を生み出すための「事(こと=仕事、課題)」に取り組むべき時であることを、力強く教えてくれるのです。それは、大掃除をして家を美しく蘇らせるように、あるいは病を治療して健康を取り戻すように、困難な状況を打開し、新しい始まりへと向かう変革の時を意味しています。
1. 卦辞(かじ)– この卦全体のテーマ**
原文(漢文):蠱。元亨。利渉大川。先甲三日、後甲三日。
書き下し文:蠱(こ)は元(おおい)に亨(とお)る。大川(たいせん)を渉(わた)るに利(よろ)し。甲(こう)に先(さき)だつこと三日(みっか)、甲(こう)に後(おく)るること三日(みっか)。
現代語訳:蠱の時は、願いは大きく通り、成就する。大きな川を渡るような困難な事業も、やり遂げると良い。物事を始めるにあたっては、甲(はじめ)の三日前によく準備し、甲の三日後によく後始末をすることが大切である。
ポイント解説:
「蠱」という困難な状況にもかかわらず、この卦辞は「元いに亨る(願いは大きく通る)」と、非常に力強い吉兆を示しています。これは、目の前の困難や腐敗に真正面から取り組み、それを改革し、修復するならば、大きな成功が得られることを意味します。「大川を渉る」とは、そのような困難な事業に挑戦することの比喩です。そして、「先甲三日、後甲三日」とは、物事を始める(甲)にあたって、その原因や背景を十分に調査・準備し(先甲三日)、実行した後も慎重に結果を見守り、必要な処置を施す(後甲三日)という、周到さと責任感の重要性を教えています。つまり、困難な状況だからこそ、丁寧な準備と確実な実行、そして念入りな後始末が成功の鍵となるのです。
2. 爻辞(こうじ)– 各爻(こう)が示す変化の機微と物語
初六(しょりく):
父(ちち)の蠱(こ)を幹(たてなお)す。子(こ)有(あ)らば、考(こう)咎(とが)なし。厲(あやう)うけれども終(つい)に吉(きち)。**
原文:幹父之蠱。有子、考无咎。厲終吉。
書き下し文:父(ちち)の蠱(こ)を幹(かん)す。子(こ)有(あ)らば、考(こう)咎(とが)なし。厲(あやう)うけれども終(つい)には吉(きち)。
現代語訳:父が残した弊害や問題を、子が引き継いで立て直す。才能ある子であれば、亡き父に咎めが及ぶことはない。最初は危うく困難が伴うが、最終的には吉となる。
ポイント解説:
物語の始まり。過去から引き継がれた問題(父の蠱)に取り組む時です。それは、親の事業の立て直しであったり、組織や家庭内の古い習慣の改革かもしれません。責任は重く、最初は困難や危険(厲うけれども)を感じるかもしれませんが、強い意志と能力(子有らば)をもって事に当たれば、問題を解決し、最終的には良い結果(終に吉)を得ることができます。過去の清算は、新しい未来への第一歩です。
九二(きゅうじ):
母(はは)の蠱(こ)を幹(たてなお)す。貞(てい)にすべからず。**
原文:幹母之蠱。不可貞。
書き下し文:母(はは)の蠱(こ)を幹(かん)す。貞(てい)にすべからず。
現代語訳:母が残した弊害や問題を立て直す。あまりに厳格に正しさだけを追求してはならない。
ポイント解説:
母性的なもの、あるいは内面的な問題や、優しさゆえに生じた甘えや緩みといった弊害(母の蠱)に取り組む時です。この場合、あまりに厳格に、杓子定規に正しさ(貞)だけを追求すると、かえって反発を招いたり、物事が硬直化したりする可能性があります。状況に応じて柔軟に、寛容さや愛情をもって、粘り強く対処していくことが求められます。
九三(きゅうさん):
父(ちち)の蠱(こ)を幹(たてなお)す。小(すこ)しく悔(くい)有(あ)れども、大(おおい)なる咎(とが)なし。**
原文:幹父之蠱。小有悔、无大咎。
書き下し文:父(ちち)の蠱(こ)を幹(かん)す。小(すこ)しく悔(くい)有(あ)れども、大(おおい)なる咎(とが)はなし。
現代語訳:父が残した弊害や問題を立て直す。多少の行き過ぎや反省点はあるかもしれないが、大きな過ちには至らない。
ポイント解説:
再び過去の問題(父の蠱)に取り組む状況ですが、九二の柔軟さとは対照的に、やや性急さや力強さが前に出やすい時かもしれません。そのため、多少のやり過ぎや、後で「ああすれば良かった」と悔いること(小しく悔有り)があるかもしれませんが、根本的な方向性が間違っていなければ、大きな失敗(大なる咎)には繋がりません。反省を次に活かすことが大切です。
六四(りくし):
父(ちち)の蠱(こ)を裕(ゆるや)かにす。往(ゆ)けば吝(りん)を見る。**
原文:裕父之蠱。往見吝。
書き下し文:父(ちち)の蠱(こ)を裕(ゆるや)かにす。往(ゆ)けば吝(りん)を見(み)ん。
現代語訳:父が残した弊害や問題を、見て見ぬふりをして放置する。そのまま進めば、恥ずべき困難な状況に陥るだろう。
ポイント解説:
問題(父の蠱)に気づいていながらも、それに対して甘い態度をとり、根本的な解決を怠っている状態です。一時的な安易さや事なかれ主義は、結局は問題を深刻化させ、将来的に困窮や恥辱(吝)を招くことになります。見て見ぬふりをせず、勇気を持って問題に対処することの重要性を警告しています。
六五(りくご):
父(ちち)の蠱(こ)を幹(たてなお)す。誉(ほまれ)を用(もっ)てす。**
原文:幹父之蠱。用譽。
書き下し文:父(ちち)の蠱(こ)を幹(かん)す。誉(ほまれ)を用(もっ)てす。
現代語訳:父が残した弊害や問題を、立派に立て直す。その功績によって名誉を得る。
ポイント解説:
過去からの問題(父の蠱)を、優れた能力と徳をもって見事に解決し、周囲からの賞賛や名誉(誉)を得る時です。これまでの努力が実を結び、新しい秩序や良い状態が確立されます。この成功は、単に問題を解決しただけでなく、その過程で多くの人々の信頼を得た結果でもあるでしょう。
上九(じょうきゅう):
王侯(おうこう)に事(つか)えず、其(そ)の事(こと)を高尚(こうしょう)にす。**
原文:不事王侯、高尚其事。
書き下し文:王侯(おうこう)に事(つか)えず、其(そ)の事(こと)を高尚(こうしょう)にす。
現代語訳:(世俗的な)王侯に仕えるのではなく、自分自身の理想や精神的な事柄を、より高尚なものにしていく。
ポイント解説:
蠱」の改革が終わり、全ての仕事が成就した後の境地です。もはや世俗的な名誉や権力(王侯に事える)を求めるのではなく、自分自身の内面的な完成や、より高い精神的な理想(其の事を高尚にす)を追求していくべき時です。物質的な成功を超えた、精神的な豊かさや自己超越を目指す姿勢を示しています。
3. 大象伝(たいしょうでん)– この卦の形から学ぶ、理想のあり方
原文(漢文):象曰。山下有風、蠱。君子以振民育德。
書き下し文:象(しょう)に曰(いわ)く、山(やま)の下(した)に風(かぜ)有(あ)るは蠱(こ)なり。君子(くんし)以(もっ)て民(たみ)を振(ふる)い德(とく)を育(やしな)う。
現代語訳:象伝は言う。山の下に風が吹き滞っているのが蠱の形である。君子(人格者)はこれに倣(なら)い、人々を奮い立たせ、その徳性を養い育てる。
ポイント解説:
山の下で風が通らず、空気が淀んでしまうように、物事が停滞し、弊害が生じているのが「蠱」の状態です。このような時、君子(リーダーや志ある人)は、ただ傍観するのではなく、積極的に人々の心を奮い立たせ(民を振い)、善き徳性を養い育てる(德を育う)ことによって、その淀んだ状況を刷新し、新たな活力を生み出すべきであると教えています。
4. 【むすび】
山風蠱の卦は、一見すると困難や問題を示唆しているように思えますが、その本質は「再生への呼びかけ」であり、「より善き状態への変革のチャンス」です。
山風蠱の時は、まさにわたしたちの信念の力が試され、そして発揮される時です。困難な状況を嘆くのではなく、それを「より良く変わるための絶好の機会」と捉え、知恵と勇気、そして他者への思いやりを持って行動することで、わたしたちは必ずやその状況を打開し、新たな創造と発展の未来を切り拓くことができるでしょう。
